ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドのサントラを買う人が知らないゼルダBGMの裏側
全世界70億人のゼルダファンの皆様、
そしてその9割を占めると言われる60億人超のゼルダ音楽ファンの皆様へ。
四月にはゼルダの伝説ブレスオブザワイルドのサントラが発売される。
突然だが……サントラというものが何かご存知だろうか?
サントラ、正式名所オリジナルサウンドトラックとはゲームの中に出てくる音楽を音楽単体で抜き出して商品にした上で、なぜか知らんがゲーム本編と変わらん価格で売りつけるというえげつない商売のことだ。しかし、これを60億人が買いたがる。ありがとう任天堂。
サントラに入っていないもの
ご存知の通りサントラにゲームは入ってない。
ハイラル平原もマスターソードもガノンドロフそれらのグラフィックもテキストもプログラムも何も入っていない。たまに効果音を一緒に入れてくれている事は嬉しいが、サントラの効果音はあなたの操作に応じて鳴るわけじゃないし、環境音も入っていない。にも関わらず、人類はゼルダの音楽を聴くためだけにサントラを買う。愚かなことだ。私も買う。
ところで、音楽だけに特化しているサントラなのに、サントラには入っていない「音楽」が「大量に」あるのをご存知だろうか。
何?知らない?あなたはまだ任天堂の術中にいるのだ。安心して欲しい、私も最初はそうだった。まさかゼルダシリーズにはサントラに入っていない音楽がこんなにも多く使われていたなんて知らなかった。
それはゼルダの「インタラクティブな音楽」のバリエーションのことだ。
ゼルダの音楽はただサントラのまま流れているわけではない。サントラの通り流れることなど一度もない、というものすらある。プレイヤーが置かれた状況が変わるたびにそれに合わせて変化する。このように音楽もプレイヤーが間接的に操作しているかのようにプログラムされている、それがゲームの音楽だ。
インタラクティブミュージックの世界へ
私はこれを「インタラクティブミュージック」と呼んでいる。
これは何も珍しいことではない。最近のAAAタイトルはどこも同じようなことをやっている。インタラクティブミュージックのための技術は成熟し、方法論も確立されつつある。
しかし、この演出を最も初期から開拓し、マリオ、ゼルダと共にその時代の最先端のインタラクティブミュージックを切り拓いてきたのは、紛れもなく任天堂の近藤浩治氏をはじめとした任天堂サウンドチームである。
とくに、「ゼルダの伝説」シリーズは音楽が印象に残る大きな役割を果たしていると同時に、動的な音楽が最先端の技術で実装されており、ゲームの魅力を最大限に引き出している。そんなゼルダシリーズのインタラクティブミュージックの歴史を全て紐解くにはここでは余白が足りなすぎるが、最新作のブレスオブザワイルドでもその先進的な試みはさらに進化しており、サントラを買う前に知っておくと何倍も楽しめるはずなので、ここからブレスオブザワイルドの音楽の仕掛けを紐解いていこう。
フィールドBGMの自動生成
「オープンエア」と謳われる今回のハイラルの世界はとにかく広い。最初の「始まりの台地」ですら広いと思ったのにその後の世界の広がりにはただただ圧倒させられた。しかし、そんな広大なフィールドの中で、BGMがその都度「自動生成」されていることにお気づきだっただろうか。
長時間プレイしても飽きないように「薄い」ピアノだけの音楽になっているが、飽きさせない工夫は楽器構成だけではなく、その鳴らし方にもあった。実はこのフィールドBGMは、いくつかのフレーズの「部品」があり、それがランダムな順番、ランダムな間隔、ランダムな音量やパンニング(音の左右)設定で毎回少しずつ違った音楽になっている。ランダムといっても、楽曲として破綻することはなく、ある一定の順番や周期は維持しつつ、途中でいくつかの分岐やバリエーションがある、という形だと推測される。
このあたりは、CEDEC2017での講演「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』~広大で 生き生きとした 世界を奏でる オープンエアーサウンド~」にて解説されたが、未だ全容を解明できないほど気づきにくい、しかし大切な工夫である。
試練の祠BGMの自動生成
実は、「試練の祠」内部の音楽も、同様にランダムなフレーズの繋ぎ合わせでできている。
街の昼夜BGM変化
ハイラルにはゴロン属、リト族、ゾーラ族、コログたちや他にも様々な街が点在しているが、それぞれの街の特徴的なBGMには昼夜で2つのバージョンがあることをご存知だっただろうか。調査の結果、「朝の4時半」と「夜の8時半」に、これらがシームレスに変化している事が判明した。
いかがだろうか。ライティングのダイナミックな変化とともに、BGMもこのように情景に合わせて変化することで、街の生活感がグッと増している。
技術的に驚くべきは、この2つのバージョンのテンポが違う事である。8時半から8時45分にかけて、BGMは「徐々にテンポを下げて」いき、4時半から4時45分にかけて「徐々にテンポを上げて」いる。これは、テンポが違うバージョンの波形を2つ用意しただけでは実現できない。再生速度を下げると通常はピッチも変わってしまう。ピッチを変えずにテンポだけを変えるのは、ゲーム機でリアルタイムに処理するには未だ難しい技術だ。このような連続的なテンポ変化を行う場合、MIDIのような楽譜情報を1音ずつ鳴らす昔ながらの方式であれば可能となるが、今回はそうではなく「徐々にテンポが変化するループデータ」を挟んで遷移しているようだ。
メイキング動画で、同作のサウンドディレクター若井 淑(わかい はじめ)氏がその点に触れていた(動画の8:51~)ので、少し引用させていただく。
戦闘BGMの多彩な状況変化
バトル中、ライネルなどの強い敵と戦っていて緊張感が高まる瞬間に甲高いホルンの音が響いたり、あるいは、ボコブリンなどのザコ戦ではマリンバの静かなリズムが多かったり……という感覚を持った方は多いのではないだろうか。戦闘時のBGMはゲーム音楽の中でも特に変化の多いものだ。ゼルダBotWの戦闘曲は、非常に凝った(あまり他では見ない)制御がされている。
基本的な戦闘BGMは6種類の部品から成り立っている。ここでは仮にそれらをIntro、A、B、C、D、Outroと呼ぶ。楽曲としては、前半は静かで後半に行くほど徐々に盛り上がっていく構成となっている。
通常戦闘曲A
通常戦闘曲B
通常戦闘曲C
大まかな楽曲の構成は、戦っている敵勢力の強さによって決まる。
弱い敵が数体いるだけなら||: Intro→A→B :||のようにリピート、
数が増えたり強い敵がいると||: A→B→C→D :||のようにリピートする。
C、Dあたりは特に音楽も盛り上がっている部分で、これが強い敵と戦っていないと聴けない部分になる。
面白いのは、戦闘中にダイナミックに敵勢力が変化すると、この楽曲構成も同時に変化することである。最初は弱い敵と戦っていてIntro→A→Bと再生した後曲頭に戻り、その後勢力変化を反映してIntro→A→B→C→Dと展開、という事があった。敵が変化したからといって曲がすぐに変化するわけではなく、「次のループ開始時点から変化する」ようにプログラムされているのだ。それ故に、音楽のつながりとしてはどこも違和感なく、いつの間にか曲と場面が合致している、という作りになる。
部品間のトランジション
また、各A,B,C,Dはそのまま部品を繋げただけではなく、BからAに戻るときには静かな終わり方で戻り、BからCに展開するときにはストリングスの上昇する音階でつなげる、といったように、曲の行き先によってその間の「繋ぎ=トランジション」をさらに細かく用意しているのだ。
通常戦闘曲BからIntro
通常戦闘曲BからC
部品ごとのランダムバリエーション
さて、ここまで貼った動画の中で、同じ「B」の部分でも違ったアレンジがあることに気づいただろうか。実は、各部品はそれぞれ約3種類ほどの違う調でのアレンジ、および、BとDに関してはストリングスやホルンといった楽器構成が違う2種類をかけ合わせて6種類ものバリエーションがあることがわかっている。(自分の調査した範囲だけなので、もっと多いかもしれない)
次の2つの「D」部品を比べてみて欲しい。
通常戦闘曲D1
通常戦闘曲D3h
どちらも曲の盛り上がっている部分だが、明らかに調が違う。しかし、曲の再生される場所としてはどちらもDの部分で再生されて、次にIntroまたはAに戻る。先程説明した「トランジション」の部分でうまく転調が繋がれており、このようなバリエーションがあっても自然に聞こえていたというわけだ。
ちなみに、このバリエーションは今の所ランダムだと考えているが、実は何か条件があるのかもしれない。ランダムにしても、同じ調を繰り返さないとか、この調からこの調には行かない、といったルールはあるのかもしれない。ランダムの調査は骨が折れすぎるので、あとは実装者のみが知る所である。
ボス戦イントロ処理
ライネルのような特別な敵は、出会った瞬間の衝撃を心に刻むように、特別なイントロが用意されている。
イントロが違うと、まるで別の曲が始まったかのような印象になる。しかし、実はこのイントロの後は自然と「B」の部品に繋がっているだけなのだ。つまり、ライネル戦では BossIntro→B→C→D→||: A→B→C→D :||といった流れになっている。イントロを変えることで効果的に印象を与えつつも、実はその後の素材は使い回しなのだ。どう考えてもここまでの大量のバリエーションをまったく別の曲で作り直すのは非常に工数が大きい。ボス戦の特別感と製作時の効率を兼ね備えた、効果的な演出だと言えるだろう。
そういう意味では、実はライネル戦の白熱した戦いの中にも、「A」という非常に静かなパートが流れていることに気づいただろうか。敵が強いからといって常に緊張した音楽が続いていると、プレイヤーも疲れてしまう。プレイヤーの緊張を定期的に和らげて落ち着けるように、ループ後は必ず一旦落ち着くような楽曲構成になっている、というのも面白い部分だ。
拠点戦アウトロ処理
敵を倒すと宝箱が出るような敵拠点の制圧時にはBGMが演出に合わせて終了する。これはわかりやすいので気がついた方も多いのではないだろうか。
しかし、そのアウトロ部分についても、違う調のバリエーションが3つ(以上)ある事に気がついていただろうか。おそらく、その時の調に合わせて切り替えているものと考えられる。繋ぎ方としてはわりと手早く、次の拍あたりで切り替えている形となる。マリンバの上昇音階で切り替わった感を出しており、プレイヤーとしても「今全滅させた!」という納得感があるので機能している。
ヒノックス戦でのアウトロ処理
同様に、これはまた別の戦闘曲だが、ヒノックスといった大型の敵を倒した時もアウトロがつけられている。
ここでは、音楽のタイミングに合わせてアウトロを繋ぐのではなく、音楽を一度フェードアウトさせ、ヒノックスの断末魔が響いている間に無音にしてからアウトロを流す、といった手法が用いられている。曲としては一旦途切れているにも関わらず、違和感なくつなげる作曲の技術が素晴らしい。
戦闘曲は以上。
非常に長くなったが戦闘曲の解説は以上だ。本当は試練の祠にいる小型ガーディアン戦のBGMについても調査したかったが、通常戦闘曲のあまりの変化の多さに力尽きてしまった。任天堂のことだから、小型ガーディアン戦でも同じような仕掛けをちゃっかり入れていても不思議ではない(少なくともアウトロはついている)。
以下、そろそろゲーム終盤に出てくるような演出にも言及するので、未クリアの方は注意されたし。
ガーディアン戦でのダメージ演出音
ガーディアンを倒すのは最高に気持ちがいい。
やった人ならわかるはずだ、あのガーディアン、あの無慈悲なレーザーを掻い潜る楽しさももちろんだが、とにかく倒した時に圧倒的な達成感があるのだ。実際慣れてくるとレーザー盾反射なんてほぼ100%できるようになってくるのだが、それでも気持ちいいからやめられない。
しかし、それもそのはず。ガーディアン戦では「ダメージを与えた時」「ガーディアンを倒した時」すべてにおいて、音楽が反応しているからだ。思い出していただきたい。
このダメージを与えた後の「フワーン」というストリングの音!レーザー反射や足を切り落とした時に、次の小節の2拍目で音楽に同期して鳴るようになっている。音としての存在感も抜群で、かつ音楽に溶け込んでいて世界と一体化したような恍惚感がある。
任天堂は過去、「ゼルダの伝説 風のタクト」でも同様の演出を使っている。このような「剣戟に対応するミュージックエフェクト」は、風タクの場合でも基本的には「打撃のすぐ後」、だいたい1拍以内の音楽上のタイミングに合わせて発音されていたが、今回はそれを大胆にも「最大で1小節待つ」代わりに非常に大きく長い音を使っている。ガーディアンのダメージよろけが長く、攻撃も頻繁にできないというゲームデザインに合わせた判断だろう。ゲームの特性を知り尽くした上でそれに寄り添うサウンドデザインをすることで、このような高度な演出が可能となるのである。
あと、実はこのガーディアン曲、後半に少し展開があるのを知っていただろうか。
意外とすぐ倒してしまうのであまり聞いたことが無かったのだが、ずっと戦っていると流れてくる。この時、あのダメージ音エフェクトが出ていないことに注目いただきたい。おそらく、曲のこの部分には同じ音が合わなかったのだと思われる。曲の状況によって鳴らすべきかどうかを制御している証左である。
ハイラル城での屋内屋外切り替え
いやもうこれ最高でしょう。
もう解説する必要などない。聴けこれを。
これはただのレイヤー切り替えなんですよ、2バージョンをクロスフェードしているだけ。技術的には今までで一番簡単なやつ。でもこれが一番強い。そもそも、BGM音量自体もハイラル城が一番強い。それまでのオープンエアーとは明らかに変化をつけている。そのうえで流れる「ゼルダ姫のテーマ」とそれに重ねられる「ゼルダの伝説メインテーマ」、確実にプレイヤーを殺しに来ている。俺は城内に入った瞬間に泣き崩れそうになった(泣いてない)。
あとはおまけです。
カッシーワの演奏同期
カッシーワ、BGMに合わせて演奏してるし、ちゃんとカッシーワだけパンニング聞いてるし距離減衰かかってるし、なんとカッシーワに会話したりぶつかったりすると音が途切れるようになっている。その後ちゃんとBGMに合わせて復帰する。非常に丁寧に作られている。「BGMってプレイヤーに聞こえているだけで、カッシーワのいる世界では鳴ってないんじゃないの?」とか野暮なことは言うな。これがゼルダだ。
迷いの森での迷い演出
迷いの森で迷いそうになった時ってなんかBGMの音量上がってる気がしますよね。音楽=霧で、それが近づいたり離れたりふわふわしてて、迷いそうになるといっきに近づく=音量上がる。
でも、元のBGM自体がピアノの音量変化が激しい曲なので、こういう演出が違和感なくハマっているのがすごいです。こんな感じで、「変化させて違和感ありそうなら、元から違和感たっぷりの曲にしとけば演出上の変化も違和感ないやろ」っていう方法、実はSplatoon2でも使われています。
乗馬時音楽の停止ジングル
馬に乗っているときに鳴る軽快な音楽が、馬の速度を落としたり停止したときに、ふと周りを見渡したくなるような印象的なジングルが挿入される。
他にも、神獣内での展開や神獣ボスでの展開、村作りクエストでの変化などいろいろあるのだが、自分も気がついていない演出があるかもしれない。何か見つけたら是非教えて欲しい。
インタラクティブミュージックは面白い
ここまで長い記事を読んでくれてありがとう。実は調査前は自分もここまで長くなるとは思ってもいなかった。音楽って「元の曲」を知らないと、どこで変わっているかなんて気づきようがないので、なかなか難しい。でも、気づかれない演出の積み重ねがゼルダの没入感、世界観を作っているし、そんな事を意識してみるとまた1つ深いゲームの楽しみ方ができる。このような演出を行っているのはゼルダだけではない、是非いろんなゲームで音楽の「変化」にも耳を傾けてみると面白いだろう。
多くの反響を受けて、連載はじめました!
6年越しに通常戦闘曲に新たな発見
2023/6/7追記:
通常戦闘曲に、新たなインタラクティブ要素が発見されました。
6年越しに!?そんなことある!?
きっかけは、最新作Tears of the Kingdomにおいて「リンクの行動に合わせてシンバルがジャーンとなっている」という報告があり、確かめてみた所、本当にそうなっていました。
こちら、TotKの通常戦闘の映像ですが、剣で斬った直後、次の小節2拍目あたりで「シャーン」ってスプラッシュシンバルのような音で演出が入っているの、お気づきでしたか?私は全っっっ然気づいてませんでした。
こっちのほうがわかりやすいかも。攻撃を連打してる時には裏で「シャーン」「ジャーン」っていろんなシンバルの音が2拍ごとに入ってますね。ほんまか。ほんまや!
そして恐ろしいことを報告しますが、この攻撃に合わせてシンバルが鳴るシステム、前作ブレスオブザワイルドの時点でありました。私はドヤ顔でゼルダのインタラクティブミュージックを解説しておいて、こんな大事な要素を聴き逃しておりました。
やってるなぁこれも。しっかりと。リンクが攻撃するとBGMにシンバルが入る仕様。
やってるなぁ。
システムとしてはガーディアンでやられている事と同じではあるので、たしかに、やっていても全然おかしくなかったとはいえ、気づかなかったなぁ。剣戟のSEに隠れやすいですし、あまりに自然だったので。もうこうなってくると全ての音が「これは何かを意味しているのか……?」と感じられて耳が研ぎ澄まされますね。
ゼルダの音楽、奥が深すぎる。
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