パリ・オペラ座の日々1993~1994:12 月22日 パリ・オペラ座「くるみ割り人形」②
12月22日
義母&叔母チームは単独でシャンゼリゼ界隈を観光。僕たちは夕方から動いて、イリフネ経由でホテルに迎えに行って一緒にオペラ座へ。ノイマイヤー版くるみ割りの2回目。でも座席が悲しいくらい遠い席でちょっと申し訳なかった。
この日はノエラ・ポントワとミテキ・クドーが親子共演するという特別な日。チケットはかなり争奪戦だったので仕方ない。クリスマスだし、ノエラ・ポントワだしということで、普段と違ってザワザワしているガルニエ宮。二人の親子共演はとても素敵でした。貴重な公演を観ることが出来て幸せ。
マック 20F
コピー 20F
ジュース 30F
クリスマスシーズンなのでチケットを取るのがたいへんでした。発売日の早朝にならんでるのに4階ってかなり悲しい(´;ω;`) 観光ツアーなんかで組み込まれてるお客さんに大量にチケットが流れていたのかもしれません。
ノイマイヤー版の「くるみ割り人形」
この日は、すでにオペラ座を引退していた大エトワールのノエラ・ポントワと、その娘で当時はスジェだったミテキ・クドー(結局、彼女のキャリアはスジェまでということで、プルミエール・ダンスーズに昇格することはありませんでした。でも立派なキャリアですし、後にピナ・バウシュに高く評価されるなど輝いた時期もたくさんありました)が共演するという特別な夜でした。ミテキ・クドーが主役のマリー、そして準主役の姉マリー役を実の母親のノエラ・ポントワが踊りました。
ノエラ・ポントワはすごく人気のあったエトワールなので、この日の客席は当時からの熱心なファンと思われる高齢のお客さんがたくさんいらしてました。
この夜の公演のために特別に作られた大判のポスター。来場者に配られていました。オペラ座は定年が厳格に決められていますので、まだまだ踊れるダンサーであっても引退しなければなりません。この日の招待エトワールであったポントワも、現役のオペラ座ダンサーとなんの遜色もない素晴らしい踊りを披露していました。
ドロッセルマイヤーがパトリック・デュポンですからね。そういう意味でもどっしりと安定したベテラン勢が、ちょっと頼りないミテキちゃんをしっかりサポートするような一夜でした。
ミテキ・クドーさんは、90年頃の日本のTVコマーシャルに登場したりして、ちょっと話題でしたよね。
バブル期の日本ではアイドル的な取り扱われ方をしていましたが、彼女はオペラ座バレエ学校の超絶厳しい環境から実力で這い上がってきたガチのダンサー。舞台上での独特の柔らかい印象が記憶に残っています。