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パリ・オペラ座の日々1993~1994:4月8日 プレルジョカージュ

4月8日(木)

初めてガルニエ宮にバレエを観に行った。新しい演目でいまいちだったが劇場の偵察になった。二人で60F、安い!

その後プランタンに行ったらヘレンドの食器が安売りになっていて思わず買ってしまった。日本での値段の4分の1くらいだと思う。

バレエチケット 60F
刃物シャープナー 98F
サンドイッチ 52F


いよいよバレエ!このためにはるばるヨーロッパに移住したわけだから、やる気満々です。

といってもパリ・オペラ座での観劇経験は、妻が数年前のフランス旅行で一度だけということで、チケットの手配等よく分かりません。まずはお試しで行ってみて、なんでも良いからその日の公演を観てみようということで出掛けました。

その日はパリ・オペラ座のバレエ団の公演ではなく、アンジュラン・プレルジョカージュのカンパニーの招待公演でした。

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初めて訪れるガルニエ宮(オペラ座)は全てが眩暈がするような美しさで、まず建物にすっかり魅了されてしまいました。設計者のシャルル・ガルニエにちなんでこう呼ばれるオペラ座は、1862年の着工から12年の歳月をかけて1874年に完成したもの。隅々まで手入れが行き届いた劇場の内部は、150年近くが経過する建造物とは思えない素晴らしさです。

当日券でしたのでチケット窓口ではなく、チケットチェックをしている係員に直接相談した記憶があります。招待カンパニーの公演だったので当日券に余裕があったみたいです。オペラ座の所属バレエ団の公演の場合はソールドアウトのケースが多いと思います。

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お試しなんだからと一番安い席をと相談してみました。それが↑の写真のチケット。なんと30F!(当時のレートで600円弱) これにはビックリしました。まだフランス語がよく分からなかったので、案内されるままに席へと向かうと舞台正面に広がる一階席(オーケストラピットと同じ平面の中心空間の席)ではなくて、それをグルっと取り囲むように配置されたボックス席に通されました。こんな個室みたいな所で観れて600円…さすが本場ヨーロッパは違うね!と関心していたところ、少し経ってカラクリが分かりました。

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(右手の彫像の脇に見えているのがそれぞれのボックスlogeへの扉)

一つのボックス内にはイスが6脚配置されていて、2脚一組で前列、後列、最後列となっています。僕らの席は最後列だったんです。だからイスに座るとほとんど舞台は見えない(^^;) つまり観劇中はずっと立って見てねという席だったんです。よくよくチケットを見ると「sans visiblilite(視界ナシ)」の表記があります。オペラ座創建当時の社会では、こういったボックス席はきっと貴族階級(革命後ではあるけれど、そういった上流)の人々のものだったのでしょう。彼らは従者を伴って観劇に訪れて、この後列の数脚はおそらくお付きの人達が座る場所だったのではと思います。

でもこのシステムは、限られた予算で出来るだけたくさんの舞台を観たいという僕たちにはうってつけでした。この後毎晩のようにオペラ座に通うようになるわけですが、そのほとんどがsans visibiliteのチケット。若かったし、最高の舞台が観られるのならば、立っていることなんて全然苦にならなかったんです。


さて、この日観たアンジュラン・プレルジョカージュについて。

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(2002年頃のプレルジョカージュ 写真はWikimediaより)


プレルジョカージュは、80年代に南仏モンペリエでダンサーとしてのキャリアをスタートした人で、その後振り付けにも取り組み1985年に自身のカンパニーを設立しました。1990年にはリヨン国立バレエ団のために「ロミオとジュリエット」を振り付け高い評価を受けていました(これは日本でもLDとして発売されていたと記憶しています)。

1990年代初頭のパリ・オペラ座は、それまでバレエ団を牽引してきたルドルフ・ヌレエフが病気のため一線を退き(1993年の1月に亡くなった)、当時スターダンサーだったパトリック・デュポンが芸術監督に就任していました(1989年就任)。ヌレエフも新しい振付家、演目には積極的な人でしたが、デュポンはさらに現代的な新しい風をオペラ座にもたらすため、新進気鋭の振付家のモダン・コンテンポラリーな作品をレパートリーに取り入れようとしていました。

プレルジョカージュの起用も、そういったデュポンの積極的な取り組みのひとつだったようです。デュポンからの依頼を受けて、プレルジョカージュはバレエ・リュス(1909年にロシア出身の芸術プロデューサーのディアギレフが旗揚げしたバレエ団。現代的なバレエの基礎を築いた伝説的な存在)へのオマージュとして「パラード」「バラの精」「ノース(結婚)」(いずれもバレエ・リュスの有名作品)の新解釈版の振り付けを行い上演しました。


当時の舞台の様子がフランスのアーカイブサイトから見ることができます。そうそう、こんな舞台でした。(ぜひご覧になってみてください。貴重な映像です)

https://www.ina.fr/video/CPB93005302/angelin-preljocaj-et-les-ballets-russes-video.html

正直なことを言ってしまうと、じつはこのときの様子はあんまり記憶にありません(笑)現代的なバレエの動きに対しての知識が乏しくて、なんとなく小難しく感じました。後述しますけど、バレエ・リュスへのオマージュという公演内容についてもあんまりよく理解していなかったと思います。バレエ・リュスのオリジナル版の振り付けはLDなどで知っていたのですが、そのギャップがうまく咀嚼できなかったのかもしれません。

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ともあれ初めてのオペラ座での観劇体験は素晴らしいものでした。ようやくパリに移住して来たんだという実感が湧いてきた瞬間でした。

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