01-雨降る夜
夏の終わりの夜。
駅の改札、別れ際に右腕をぐっとたぐられ、気がついたら私は彼の胸の中だった。その右胸に私の額はふわふわと、しかし確実に沈んでいく。
「姉ちゃん、頼む。…ずっとそばに居てくれ」
大きな身体から発された弱々しくか細い声が、私の耳元で響く。
暗くなった川沿いの街には銀の糸を束ねたような雨が降り出していた。
「孤独の最小単位はひとりでなく、ふたりだと思う」
そう言っていたのは誰だったっけ?
広くて頼りなげな腕の中で、私はぼんやりとそんな言葉を思い出していた。
15年以上の時を離れ離れに過ごして、再会した日から、ちょうど1か月経った日の夜。
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15年以上連絡をとらなかった「彼」と、ゆるーく、なんとなく各SNSで再びつながったのは2016年に入るか入らないかの時期だった気がする。
知り合ったのは共通の友人を介してで、再びつながったのもその友人を間に挟むかたちだった。
(しかし彼と私はその「友人」に対する恩義や感謝なんか微塵もない。理由はそのうち書く)
私がSNSで時折スイーツテロに及ぶと、画像に映るお菓子が甘そうであればあるほど彼は高確率で反応を示すようになった。打率にすると6割7分くらいか。
甘いものが好きな男子って実は多くて、いろんなとこに棲息してるよねー、くらいにしか私は考えていなかった。一方、先日彼に「なんであんとき私とまたつながろうと思った?」と聞くと、
「あー、このひと、生きてたんだ、くらいの感じー?(語尾上げる)」
と、なんとも軽ーい返事が帰ってきた。お互いゆるすぎる…と感じる嫁ではある。
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そんなふうにして再び彼との縁を戴いた頃、私の生活は、最低だった。
前年に体調不良に見舞われた。39度の熱が1週間に4日以上出て、手足に物が触れると痛みが走る。発汗と寒気が交互に訪れる。
医療機関を6カ所廻った。門前払いが続く。なんでこんなわけの分からない症状の患者を受け付けるんだ、と逆ギレする医師もいた。
いまお世話になっているセンターにたどりつき、入院した結果、看護師さんとの会話を楽しめるほどにはこころに余裕が戻ってきた。
しかしその余裕もすぐにはじけた。
病名がつかないのだ。
血液が遺伝子検査に廻されたが、可能性のある病名がひとつひとつ非該当と判定されていく。病名がないと、投薬治療に踏み切ることは困難である。
その病状を、私は
「頼ってもいいよ」
と言ってくれたひとすべてにメッセンジャーで打ち明けた。
すべての縁が切れ、いつの間にか私のスマホはぴたりと鳴らなくなっていた。
病院内で誰にも気づかれずに泣くことのできるスポットを何ヶ所か開発し、退院の日が来ないことを次第に強く祈るようになったが、症状がある程度の寛解をみたところで私は娑婆に追い出された。
入院が決まらずばたばたしていた頃はまだ夏の暑気が残っていたのに、いつの間にか街は冬。
これからいいことが待ち構えているとは私には到底思えなかった。
自分の年齢。身体の状態。稼ぎ口もない。友人もいない。
人恋しさもあり、なけなしの貯金で婚活をはじめることにした。そのサイトで私はとんでもない問題に巻き込まれてしまった。
続きは次の機会に。