04-サマーデイズ(summer daze)
夏の夕暮れに沈みそうな都会は、ひとびとの熱気と熱狂で茹だっているように思える。
イベント会場についた。やっとのことでついた。
隣の県まで電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、来てしまった。
身体が熱い。頭の後ろで髪の毛をシニヨンにしていたが、そのお団子から汗が落ちるのがわかった。滴る水滴で背中がしっとりと、いや、ぐっしょりと濡れている。
昼間は勤めに行っていたので、アイシングは持ち歩けなかった。駅の自販機で水を買い求めて飲み干しながらの道中で彼からメッセが入る。
「こんにちは。
もし何か緊急事態があったらこちらへ」
携帯番号とメールアドレス。
名乗ってくれたなら、こちらも返すのが礼儀だろう。自分の番号とアドレスを送る。そうこうしているうちに野外会場の敷地に入った。どうせなら、風通しがよくて見通しもいいところに座りたい。
見渡すとステージ正面方向に大きな木があり、その下にベンチがあったので二人分陣取る。よく見るとベンチは針金で出来ていて、座ると痛いがあまり気にしないようにする。
都会の夕暮れ。空はまるでアクリルガッシュで描いたような桃色の雲がとろけていて、どこかで見た絵本をもう一度眺めているような気がした。空気のたゆたいの中に涼を求めながら、雲の動きを目で追い続ける。やがてそれにも飽きてきて、携帯電話をもてあそびつつ場内をぐるぐると眺めていた。
知っているカオに会いそうな気がする。できればそういう事態は避けたい。私は何日かまえの出来事を思い出していた。
ずっと前につながりがふっつりと切れてしまったひとがふたたび現れた。ひとまわり歳下。ある意味「男の子」と呼んでもいい。
仲がよかったころ、いつもそうしていたように、ドトールとお花屋さんがあるちいさな街の本屋さんで待ち合わせて、社会学の書籍を手にとって意見をかわしあって、ぶらぶらと街を歩いて美味しいご飯を食べて、バカな話と真面目な話に興じて、カフェでコーヒーをすすって、後ろ髪を引かれるように夏の夜の駅の改札で別れようとした。
いつもだったら、改札でハイタッチをしたらその日はおしまい。
それ以外には手を繋ぐことすらしないのだ。
けれどきょうは、いつもとは雰囲気がすこし違う気がする。
私たちはほてほてと街を歩く。
どちらからともなく、あのとき連絡を取らなくなってごめん、という。
こちらこそごめん、ともう片方が応える。
再び、都市の明るい闇にただの沈黙が広がる。
どちらからともなく、私たちは手を取り合った。
握りしめる手はなぜか涼しく感じた。
「ごめん…!!」
そう口にした次の瞬間、私は身を横たえていることに気づいた。
いつものシングルベッド。ひとりきり。
激しい雨音が聞こえる。窓の外では風が街並みを揺する音がする。
夏の初めの早朝のあらし。遠雷。
半身を起こす。
ぼたぼたぼた、と水玉が落ちる。窓際のひさしから。そして私の目から。風がごうごうとうねる。私のこころのなかにも波が押し寄せて、渦を巻いてうねりはじめる。
ほっぺたを軽くぺしん、と叩いた。けれどもそうしなくても分かっていた。これは、ただの、夢だと。ずっと前につながりがふっつりと切れてしまったひとがふたたび現れた。夢の中に。
ただの、虚しい夢の中に。
声を押し殺して早朝の部屋で私は一人泣く。激しい雨音が嗚咽を掻き消す。
何日かまえの朝にあった、かくのごとき嫌な出来事を思い出し、私はぶんぶんとかぶりを振った。
毎年このイベントに、その「男の子」も来ている。ことしも来ているのだろうか。おそらくその可能性は非常に高い。好事家が三人も集まって顔を付き合わせて気まずくなる事態は避けたい避けたい。
彼—コウさん—からメッセが入っていた。
「コンビニに寄ってからそちらに向かいます。お待ちくだされー」
気づくと彼が後ろの通路の人混みの中からやって来ていた。
私の現在位置は伝えてあったのだが、迷っているようだ。私は大きく手を振る。彼は気づかない。再び彼は人混みにまぎれてしまった。
「おおおおおーい!? コウさん??」
思わずでかい声が出てしまう。すると、かなり離れていた場所まで行きそうだった彼が、こちらの方向を察したようで、そのままロックオンしたかのようにこちらまで真っしぐらに歩いてくる。この人混みのなかで。
驚く私の前に、彼は少し息を切らしながらやってきた。
「ごめんなさい、待ちました?」
「ううん、暇人だから大丈夫です」
今考えると間抜けな返答。
ともあれ、私たちの初めてのデート、はじまりはじまり。
続きはまたの機会に。