03-夏休みの始まりのような日
はたして、2016年の夏。
私は何年かぶりに海沿いのイベントホールにいた。
電車を2回乗り継いで、熱線がぎらぎらと降り注ぐ都会の海辺に立っていた。
15年ぶりくらいの知人に会えるかもしれない。
しかし、確実ではない。
そんな不確かな動機付けで、陽射しの鋭さが紫外線よりも市街戦を思わせるこの街並みのなかにいる。
駅前のコンビニで水を買う。
財布の中には1,000円ほどしかない。
「…なにしに来ているんだろうか」
以前にこのイベントに参加したことはあった。しかしそのときはイベントの中身目当てで来ていて、誰かを目当てにしていたわけではなかった。
ましてや、久しぶりの参加。当該イベントは変質して、以前とは違う趣になっているとは耳にしていたが、実際その噂のとおりだった。
…なんだかなあ…。
ひとりごちる。
私自身、正直ワケがよくわかっていなかった。
それでも、脚は自然とホールへ向かっていく。いくつも人混みをくぐり抜け、ひとに押されくちゃくちゃにされながら、どうやら私は彼のいるブース前までたどり着いた、ようだ。地図が正しいなら。
ブースの中には、男のひとが3人。
そっと顔色を窺いながら、ひとりひとりの中に、かつての彼の面影を探したが、元からひとの顔をおぼえるのを得意としていない私にとっては、判別することは不可能に近かった。
意を決した。
いちばん手前の、オリーブ色の長袖シャツを着ている背の高いひとに、
「あー…コウさんはこちらにいらっしゃいますか?」
「僕です」
この展開は予想外だった(思えば三分の一で引き当てるのは当然だったが)。
おそるおそる、私より頭ひとつ背の高い彼の顔を再び眺める。
なんとなく、かつての彼の面影を残している気がした。そして普段のSNSでの言葉の響きとは少し違う、穏やかで優しい眼差し。
猫目石、ということばがなぜか、頭の裡をよぎった。
私はなんだか、ものすごくほっとして、二言目には
「ええええー!! コウさん、フケたあぁぁぁあ!!」
と言いながらけたけたと笑っていた。
「失礼ですが…どちらさまでしょうか?」
少しいぶかしげに彼が尋ねる。おっと、やはり私もフケたようだ。それ以前に非常に不躾だ。慌てて私は自らの名前を名乗る。
彼は驚いたように目を見開いた。
「…ちゃあさん? ちゃあさんかよ!! 何年ぶり!?!」
その瞬間、私たちの周りの空気が急に色づいた。他人にはあくまでも比喩でしかないのかも知れないが、私には文字通りそう感じられた。いまでもそのときの感覚を想起するだけで、こころがぽかぽかと暖かくなってくるのだ。
そして、その色彩はいまでも私たちの周りに残っているように思える。ともあれ。
再会の喜びといったら、ひとしお、ということばではとても片付けられない。
あらかじめSNSで何遍か言葉を交わしていたが、実際にこうして直接顔を合わせて言葉を交わすということは、ネットでのつきあいとは違う。
話はとことことんと弾む。
「ちゃあさん、いまL駅の近くに住んでるの?」
「そーだよー」
「僕の実家、L駅のすぐそば!」
「ええええええ」
彼のブースは、私があまり詳しくない音楽関係のものを出展していた。内容を説明してもらう。世の中いろいろなイベントがあるんだなあ、とそのときは感心のあまり、相づちがわりのため息ばかりついていた気がする。
15年以上離れていた感覚は全くしなかった。
のちに私の旦那となる彼も、今同じことを言う。
私たちは、たとえていうなら、いつかの楽しかったピクニックの続きを再開している、そんな気分だった。
しかし、イベントホールのなかは暑い、というか、熱かった。
長袖で平気そうな彼がうらやましい。
私はだらだら発汗していた。
持ってきたアイシングも底をつきそうだ。そろそろ失礼することにした。1時間ほどは話していたと思う。
「それじゃ、名残惜しいけど、またSNSでよろしくー」
「うん、また会いましょう!! よろしくー!!」
また会えることは限りなく確信に近い。
夏だというのに、こころがほかほかとして、なんだかくすぐったいほどに気持ちがよかった。
ほかほかした気分を胸元に抱えて、大切にしまって、私は帰路についた。
それから2週間後。
別件で以前から気になっていたイベントが開催されることを知った。
ここ数年でSNSで拡散されているそのイベントは、素人が手弁当で行っているという触れ込みながら、毎年玄人はだしの異様な盛り上がりをみせ、最近のパフォーマンスは特に
「アタマが逝かれてる」
という褒め言葉とともに評判を呼んでいた。
私もそのイベントに出掛けたい。けれど、昨年熱にやられた身体を考えると、とても外に出る勇気は持てなかった。
前夜、私はイベントに行きたいけれど、身体がもちそうにない、行かれるかたのレポートを楽しみにしてる、とSNSに書いて、早々にベッドに倒れ込んだ。
明くる朝は6時前に目が覚めた。
勤めに行く前にSNSをチェックした。すると、彼からのメッセージが入っていた。
「ちゃあさん、おはようございます。
今晩のイベント、いっしょに行きましょう」
「私は身体が弱いから」
「楽しまなければ絶対後悔しますよ?
行かないで後悔することのほうが問題です」
胸を打たれた気がした。
なんでこのひとはこんなに「楽しむ」ことに貪欲なんだろう。
その貪欲さに、まわりのひとも一目置いているのだろう、と感じた。
自分が楽しむことだけでなく、他人が「楽しむ」ことに対しても気に掛けてくれる彼の態度を、無碍にするのはあまりにも失礼でないか?
私は一呼吸おいて、メッセージを打った。
「夕方まで倒れてなかったら、行きます」。
続きは次の機会に。