げばげば俳句鑑賞日記その28
露の夜や星を結べば鳥けもの
鷹羽狩行
大学時代ピザ屋のデリバリーでバイトをしていた。バイクが好きなこともあるし、ひとつの場所にずっと居なくても配達に行けばひとりの時間であるというのは、広場恐怖の名残があるわたしにはありがたいバイトだった。
神戸のピザデリバリーはスリリングだった。富裕層からアパートからいろんな部屋へ行くので、人間観察には事欠かなかった。
また、〇〇組の本部に定期的にデリバリーがあった。わたしも何度も行ったことがある。初めてのときはドキドキだった。大きな屋敷の勝手口からジャージを来た若い人たちが出てきて、わたしは上擦った声で接客したが、缶コーラを落としてしまい焦りに焦った。ああ、もうここで人生終わりか、ありがとうーさようならーみんなみーんなーと思ったが、そういう方は実は優しいのだ。おつかれさんありがとうと声をかけてくれた。
ピザ屋のバイトは人生経験の豊富なひとが多かった。昼間はピザデリバリーで夜は神戸元町のバーをやっている方と仲良くなり、よくみんなでお店に行った。お気に入りは、氷を球体に削ってロックグラスにシェリー酒。いろいろ人生相談をさせてもらった。
神戸市灘区は大学が多く自分も含めて大学生バイトが多かったし、ピザメイクは女子高生が多かったが、ひとり学生ではない異彩を放つ青年がいた。
見た目はヤンチャで、やっていることはもっとヤンチャだが、眼に憂いがある青年。すぐに仲良くなった。
年下だったが、彼の話は経験によるウィットに富んでいて話していて飽きなかった。どことなく叔父に似ていると感じた。
小さいときに震災を経験していて、瓦礫の下から友人を引き助けた話、数か月後学校に行ったらたくさん空席があったことなど、いろいろ話してくれた。
彼は腸に難病を抱えていたが、わたしより食べるしわたしより飲むし、今が良ければいいと、どこか生き急いでいる感じがした。危なっかしくて、でも惹かれる何かがあった。
「生まれかわったら何になりたい?」彼はよく聞いた。
「そうやなあ、また人間かなあ、あるいは猫ちゃんがいいなあ」
「俺は生まれ変わったら人間以外になりたいねん。星とか月とか雲とか。星も悲しいとか痛いとかあるんやろか?知ってる?」かまってほしいのでなく真剣に言ってるんだ。危なっかしくて、でも惹かれる。
数日のこと。彼がバイトに来なくなった。ハッとした。彼の身に何かあったかと心配して彼の部屋にいったが誰も出ない。しばらくして病気や事故ではないと分かった。栽培してはいけない植物を押入れで栽培していて見つかったらしい。ううう、よほど悲しみ痛みと闘っていたのだろうか。もう一度話をしたかった。
廃棄になるはずのピザをもらって部屋に帰った。冷めてチーズはめっぽう固かったが、レンジで温めればすぐやわらかくなった。生まれ変わったら、それでもやっぱり人間がいい。みんなはどう?人間?
過去ログ
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俳句鑑賞日記その2「風吹けばみな風を見る墓参かな/常原拓」
俳句鑑賞日記その3「新大阪つぎ新神戸暮れかぬる/小川軽舟」
俳句鑑賞日記その4「あらたまの尿意をはこぶ昇降機/岡田一実」
俳句鑑賞日記その5「人の死を記して春の明朝体/五十嵐秀彦」
俳句鑑賞日記その6「ねぢあやめ平均台の長すぎる/野口る理」
俳句鑑賞日記その7「歯が眩しスイートピーと言ふ人の/黒岩徳将」
俳句鑑賞日記その8「春の夜はのつぺらぼうでなまぐさい/夏井いつき」
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俳句鑑賞日記その11「はるのくれひらがなのようにみちくさ/月野ぽぽな」
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俳句鑑賞日記その19「守り神は恐竜メダル帰国少年/伊丹公子」
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俳句鑑賞日記その21「立春の風に嘴ありにけり/小林貴子」
俳句鑑賞日記その22「小鳥またくぐるこの世のほかの門/田中裕明」
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俳句鑑賞日記その24「帰り花鶴折るうちに折り殺す/赤尾兜子」
俳句鑑賞日記その25「来客のポインセチアに触れて去る/松本てふこ」
俳句鑑賞日記その26「青年に父は残花の如きもの/来地宇須」
俳句鑑賞日記その27「痛くありませんか溶けゆく春の雪/箱森裕美」