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げばげば俳句鑑賞日記その24

帰り花鶴折るうちに折り殺す

赤尾兜子

『句集 歳華集』(角川書店)

同期入社に大切な同僚がいた。私より三つ下だが、人間らしくもあり、思慮深い尊敬できる同期だ。

入社したてのころは、よく仕事終わりにどちらかの校舎に行き、授業を見せ合った。切磋琢磨というのもあるが、一緒にいるのが楽しかった。

上司から管理職の合格のときに高級寿司に連れていってもらったときのことも印象的だ。わたしはバイオリズムが合わないと食欲が激減して何も食べたくなくなることもあるのだが、上司がトイレに行っているうちに、彼がわたしの寿司まで平らげてくれた。そのあと、彼は生魚が苦手だったと聞いて二度驚いたと同時にこの人を大切にしたいとしみじみ感じた。

三年前のある夜だったが、突然上司から電話があった。明日彼の代わりに授業をしてほしいという電話。ああ風邪で熱でもあるのかと思ったが、上司があまりに言葉を濁すので詳細を聞くと、手首を切ったというのだ。助かったが、仕事復帰は難しいという。

原因は仕事ではないのだか、とにかく不眠が続いたらしい。なぜだなぜだなぜだ。なぜ気づけなかったのだろう。追い詰められていたことになぜ気づけなかったんだ、なあ。節穴か。

「げばさん、『星々の悲しみ』って小説、テキストの文章に出てくるじゃないですか」
「宮本輝やろ、めちゃ好きや。大阪舞台やしな。あのさ、有吉が死ぬ前に『俺は犬猫以下の人間や』って言うやろ、あそこだけ納得いかんねんな。犬猫がこの世で一番尊い存在やからなあ。犬猫以下っていう言い方はちょっとなあ」
「でね。僕、あの小説に出てくる絵がなぜ『星々の悲しみ』っていうかわかった気がするんですよ」

『星々の悲しみ』という小説には、喫茶店に掛かっている『星々の悲しみ』という絵が登場する。少年が木の下で眠っているようにも見えるし死んでいるようにも見える絵だ。わたしは、この絵がどんな絵なのだろうかと小説を読みながらよく想像した。実際気になりすぎて、高校の美術の授業で想像して『星々の悲しみ』という絵を描いたこともある。

「何で『星々の悲しみ』って言うん?」
「聞いたらダメですよ。自分で考えてください。いつか分かるときが来ると思いますよ」
「そうなん、もう一回読んでみよかな」

そんな話を彼が職場を去るちょっと前に喫茶店でしたことがあった。そのころには、彼は悩み尽くして悩み終えていたのかもしれない。結局そのときにも何も気づけなかったな。わたしの天職への糸が切れたのも彼が職場を去ったころからだな。

叔父の死を通して、彼の未遂を通して、病気が深いときも、希死より希生の方がわたしは圧倒的に強いのだとわかった。生きたいと思う。生きたいと思う気持ちが強いから不安が強くなったり苦しくなったりするんやな。

生きたいが強いから大変なんやよ、それで当たり前なんよ。それで大丈夫なんやよ、なあ、みんな。


過去ログ

俳句鑑賞日記その1「パレットに指入れの穴小鳥来る/村上瑠璃甫」
俳句鑑賞日記その2「風吹けばみな風を見る墓参かな/常原拓」
俳句鑑賞日記その3「新大阪つぎ新神戸暮れかぬる/小川軽舟」
俳句鑑賞日記その4「あらたまの尿意をはこぶ昇降機/岡田一実」
俳句鑑賞日記その5「人の死を記して春の明朝体/五十嵐秀彦」
俳句鑑賞日記その6「ねぢあやめ平均台の長すぎる/野口る理」
俳句鑑賞日記その7「歯が眩しスイートピーと言ふ人の/黒岩徳将」
俳句鑑賞日記その8「春の夜はのつぺらぼうでなまぐさい/夏井いつき」
俳句鑑賞日記その9「日めくりに透ける次の日花柘榴/津川絵理子」
俳句鑑賞日記その10「献花涸る蜘蛛生きて巣を作りけり/イサク」
俳句鑑賞日記その11「はるのくれひらがなのようにみちくさ/月野ぽぽな」
俳句鑑賞日記その12「いちまいの羽なきからだ十二月/恩田侑布子」
俳句鑑賞日記その13「温めるも冷やすも息や日々の冬/岡本眸」
俳句鑑賞日記その14「弁当に飯ぎつしりと草の花/山口昭男」
俳句鑑賞日記その15「青葡萄ひとつぶごとの反抗期/宮里晄子」
俳句鑑賞日記その16「あたたかや仁王に花形の乳首/関灯之介」
俳句鑑賞日記その17「輪郭のぼやけてきたる氷菓かな/鈴木総史」
俳句鑑賞日記その18「葱坊主越しに伝はる噂かな/波多野爽波」
俳句鑑賞日記その19「守り神は恐竜メダル帰国少年/伊丹公子」
俳句鑑賞日記その20「セーターなんか着てロックやめたんか/七瀬ゆきこ」
俳句鑑賞日記その21「立春の風に嘴ありにけり/小林貴子」
俳句鑑賞日記その22「小鳥またくぐるこの世のほかの門/田中裕明」
俳句鑑賞日記その23「子のまなこ青くぬれたる蟻地獄/橋本小たか」


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