げばげば俳句鑑賞日記その25
来客のポインセチアに触れて去る
松本てふこ
マイホームを建てたのは六年ほど前。
奥さんの実家から2分のところに土地が空いたので、とんとんと話が進んだ。土地と建物は別で、建物は設計からやってくれるハウスメーカーを探すことにした。
予算内で考えて最初に見つかったメーカー。地元でも道々に原色の看板が目立つ。安さが売りの新進のメーカーだった。ここなら予算内に楽勝で入る。
嬉々として奥さんと話を聞きに行った。オシャレな店構えだ。店の各所に観葉植物がこれでもかと飾られ、トイレには豪華なポインセチア。ファーストミーティングの方はしっかりと寄り添うタイプに見える方だったが、あれもこれもとオプションを提案してくる傾向があったので、気になった。こちらの要望を聞いて出すのでなく、会社側の狙いによってオプションや提案をしてくる人は気をつけた方がよい。カスタマーファーストになれるわけがないからだ。
ひと通りファーストミーティングが終わったら社長が挨拶に来た。小綺麗なスーツに今風の髪型でやり手の叩き上げという感じだった。俺がこの会社をここまで大きくしましたぜみたいな人。やっぱりな。社長がその感じだと、方針が部下にも透けて見えるな。この人たちに一生の買い物やローン組、こちらの素性などを明かしたいとは思えない。むしろ、低予算で家を建てようとしてるわたしたちを薄ら笑っているようにさえ感じてしまった。わたしと奥さんはいそいそと帰ってきた。
出鼻をくじかれてがっくりしていたが、ハウス雑誌を見ていると、地元の樹木の無垢材にこだわるメーカーが見つかった。少し予算は厳しめだが話を聞きにいこう。
ファーストミーティングでじきじきに社長が相対してくれた。「第一印象はこの人大丈夫か?」だった。儲けようというオーラが心配になるくらいゼロだった。
「げばげばさんは何の仕事してるんですか?」
「塾で教えてます」
「ああ、あそこの塾ですか?わたしも中学のとき行こうと思ったけど、入るときのテストで落とされましたワ、腹立った印象だけ残ってますワ」
ん?いきなりそんなこと言うねや?ガサツなタイプ?と思ったが、この人信用できるなと思った。過剰に客を立てないし、まったく嘘がない。
「〇〇を家に付けたいんですけど」
「〇〇ですか?あれ流行りなんですけど、ほんまに要りますか?結果メンテナンスとか考えたら辞めておいた方がいいって勧めてます」
モノを売りたいという意識がない。
「いろんなモデルハウス見に行けますよ、ウチが建てた家見たらウチの会社のことすぐ分かってもらえます。というか、わたしのウチを見にきますか?ウチに付けてるものはほんとに必要なものしか付けてないんで、その方がわかってもらいやすいんちゃいます?」
正直で、お客に必要なことを提案したい、何より家づくりや住みやすい家を建てることが好きだという感じが伝わった。デリカシーの無い人が苦手なわたしですら、一生の買い物はこういう商売っ気がない人からにしようと思えた。
予想は的中。彼のもとに集まる大工さんも左官屋さんも外工さんも家づくりが大好きなひとばかりが集まっていて、わたしたちの理想を超えたマイホームが完成した。
ほんと身につまされる体験だったな。なんの仕事だってそうだ。わたしだって塾の先生でありながら、会社員でもあるので、1科目でも多く受講してもらった方が売上にはつながる。でもそれじゃあダメなんだよな。売上の結果を出そうとしていることは見え隠れしちゃうんだよな。
真っ直ぐ向き合うだけ。結果はあとで付いてくる。俳句だってそうだな。結果のことばかり考えて句作しても、うさん臭いスーツの業者みたいな句ができるんだろうな。うさん臭い句。
過去ログ
俳句鑑賞日記その1「パレットに指入れの穴小鳥来る/村上瑠璃甫」
俳句鑑賞日記その2「風吹けばみな風を見る墓参かな/常原拓」
俳句鑑賞日記その3「新大阪つぎ新神戸暮れかぬる/小川軽舟」
俳句鑑賞日記その4「あらたまの尿意をはこぶ昇降機/岡田一実」
俳句鑑賞日記その5「人の死を記して春の明朝体/五十嵐秀彦」
俳句鑑賞日記その6「ねぢあやめ平均台の長すぎる/野口る理」
俳句鑑賞日記その7「歯が眩しスイートピーと言ふ人の/黒岩徳将」
俳句鑑賞日記その8「春の夜はのつぺらぼうでなまぐさい/夏井いつき」
俳句鑑賞日記その9「日めくりに透ける次の日花柘榴/津川絵理子」
俳句鑑賞日記その10「献花涸る蜘蛛生きて巣を作りけり/イサク」
俳句鑑賞日記その11「はるのくれひらがなのようにみちくさ/月野ぽぽな」
俳句鑑賞日記その12「いちまいの羽なきからだ十二月/恩田侑布子」
俳句鑑賞日記その13「温めるも冷やすも息や日々の冬/岡本眸」
俳句鑑賞日記その14「弁当に飯ぎつしりと草の花/山口昭男」
俳句鑑賞日記その15「青葡萄ひとつぶごとの反抗期/宮里晄子」
俳句鑑賞日記その16「あたたかや仁王に花形の乳首/関灯之介」
俳句鑑賞日記その17「輪郭のぼやけてきたる氷菓かな/鈴木総史」
俳句鑑賞日記その18「葱坊主越しに伝はる噂かな/波多野爽波」
俳句鑑賞日記その19「守り神は恐竜メダル帰国少年/伊丹公子」
俳句鑑賞日記その20「セーターなんか着てロックやめたんか/七瀬ゆきこ」
俳句鑑賞日記その21「立春の風に嘴ありにけり/小林貴子」
俳句鑑賞日記その22「小鳥またくぐるこの世のほかの門/田中裕明」
俳句鑑賞日記その23「子のまなこ青くぬれたる蟻地獄/橋本小たか」
俳句鑑賞日記その24「帰り花鶴折るうちに折り殺す/赤尾兜子」