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【第2章その1】僕がなりたかったのは女の子?

幼稚園の頃、僕には「女の子になりたい」という願望があった。

それも、かなり強く。

だけど、間違って男の子に生まれてしまった、というズレを感じていたわけではない。ましてや男である身体に違和感があったわけでもない。

けれども女の子になりたかったのだ。

この「女の子になりたい」という古い記憶は、のちに自分自身の心の性別(ジェンダー)を曖昧にさせてしまった。

心の性別は男?それとも女?

中学で初恋を経験して、女性には1ミリも興味が湧かないこと、男性しか恋愛対象にならないことがハッキリした。

ただし心の性別となると・・・?

多くの男性が熱中する野球やサッカーなどの球技に興味がなく、多くの女性が気にする四柱推命や姓名判断といった占いにハマってしまう。

また偉人の生きざまを描いたテレビ番組でも、男性の話だとあまり興味が持てず、女性の話だと聞き入ってしまう。

クルマは大好きだけど、多くの女性が可愛い服や淡い色合いの服に惹かれるように、可愛いクルマや淡い色合いのクルマに惹かれてしまう。

やっぱり心の性別が・・・違う?

ちなみに男性に恋愛感情をいだく場合、心が男なら同性愛(ホモセクシャル/ゲイ)となり、心が女なら異性愛(ヘテロセクシャル/ノンケ)となる。

なお、生まれたときの身体の性別は考慮せず、本人の心の性別で判断するのが鉄則だ。

こういったジェンダー(心の性別)やセクシャリティー(性的指向)のとらえ方は、20代中盤になって初めて知った。

男に生まれて男が好きならば一律ゲイ、という判断にならないのだ。

では自分はどっち?

この頃すでに家族や友人にゲイだとカミングアウトしていたが、女の子になりたかった過去がある以上、実はノンケだったと訂正する必要があるのか?

いやいや、女性として暮らしたいという願望はとっくに消えているのだから、ゲイのままで良いのでは?

性別適合手術にしても、一度も受けたいと渇望したことがないし。

というわけで、恐らく自分はトランスジェンダーではないだろうと、やや曖昧な認識のまま過ごして来てしまった。

ただ、ゲイをカミングアウトしてからも、居心地の悪さが消えなかったのも事実だ。

相手が男性でも女性でも、まるで異性のように分かり合えない壁を感じたり、文化の違う外国人としゃべるかのごとく、価値観の違いを突き付けられる場面が多かったからだ。

この正体不明の居心地の悪さは、いったい何?

もしかして幼い頃の「女の子になりたい」が、引き金になっているのではないのか?

この古い記憶にヒントがあるのかも知れない。

【第2章その2】に続く

※2021/02/05 現在執筆中

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