創作童話「牛がまいります」
僕は学校へ通うために毎朝電車に乗っています。いちばん混みあう時間に乗らなければいけないので、とっても大変です。
いつものように人でいっぱいの駅のホームで電車を待っていると、いつものようにアナウンスが流れてきました。だけど、そのアナウンスがちょっとおかしいのです。
「二番線に、牛がまいります。白線の内側に下がってお待ちください。」
僕は聞き間違いでもしたのかと思いましたが、まわりの人たちもどよめいていたので、やっぱり「牛がまいります」と言ったようです。
仕方がないので、そのまま待っていると、やがて「んもー」という声とともに、牛の行列が線路の上をのっしのっしと歩いてきました。前の牛がしっぽを後ろの牛の首に巻き付けてつながっていました。牛は全部で十頭なので、十両編成です。
ホームの上はどよめきで満たされました。みんな、どうしたらいいのかわからないようです。しかし、その時、しきりに腕時計を見ていたサラリーマンのおじさんが、思い切って牛の上に飛び乗りました。すると、ホームにいた人たちは、いっせいに牛に群がりました。
「牛が発車します。飛び込み乗車はおやめ下さい。牛が発車します。」
牛の上には、すでに人が山積みになっています。あまりにも人が多いので、十両編成では足りないのです。僕はあわてて人の山の上に乗りました。
パーパララー、という、すっとぼけた発車の音が流れると、「んもー」という声とともに牛の行列が歩き始めました。牛は、上に乗った人たちのことなんか全然気にしていないように、のっしのっしと歩いていきます。だけど、上に乗った僕らは大変です。しっかりとつかまっていないと、振り落とされてしまうからです。
後ろの方で、うわあっ、という声が上がりました。どこかで人の山が崩れて、線路の上に散らばったようです。だけど、そんなことを気にしている場合ではありません。ちょっとでも気を抜けば、今度は自分が牛から落ちてしまいます。僕は必死になって人の山にしがみついていました。
牛は、人を線路にまき散らしながら、のんびりと歩いています。当然、電車よりもずっと遅いのです。牛に乗った人たちは、ほとんどがサラリーマンの人で、みんな、こんな状況でも腕時計をちらちらと見ることをやめませんでした。
三十分ぐらい過ぎた頃、線路の右手に小さな牧場が見えてきました。数頭の牛が、寝そべったり、草を食べたりしています。いつもは電車でびゅんびゅん飛ばしているので、こんな所に牧場があるとは気が付きませんでした。その時、人々の間に、何かいやな空気が流れました。
……そして、みんなが思った通りのことが起きました。
先頭の牛が「んもー」と鳴いて、線路を外れて牧場の方へ歩いて行きます。後ろの牛たちも、それに続いていきました。突然進行方向が変わったので、牛の上の人たちは、みんなばらばらと線路の上に落とされてしまいました。
……僕は、草を食べている牛の頭をなでながら、たまにはこんな事があるのもいいなあ、と思いました。だけど、そんなふうに思っている人は、僕以外には誰もいないようです。ぽかんと口を開いて天を仰いでいる人、あわてて線路の上を駆けていく人、いまだに牛にしがみついている人、何か大声で叫んでいる人…。
そんな僕らを、さわやかな朝日が照らしていました。