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水からいちばん近いところで④【日記】ロイヤルエクスプレス
僕らは車から降りて駅に向かった。
高架上の駅のホームにロイヤルエクスプレスが到着したのを目にしたから。
この滅多にお目にかかることのできない超高級列車を間近で見てみようと急いで駅に向かった。
しかし近づけば近づくほど、見上げる角度がキツくなってぜんぜん見えなくなってきた。この近づけば近づくほど見えなくなるジレンマが、人生における何かを示唆しているのかもしれない。たぶん愛とか恋とかそういうもの。5両編成の鉄のかたまりにそれに似た感情を抱いているのだろうか、なんでだろ?
駅の構内に入ると、エントランスではバイオリンの生演奏が披露されていた。それとよろい兜を着ている人もいた。あと横断幕を掲げている人もいたな。横断幕には「ようこそ〜の街○○へ」みたいなことが書かれていた。その横断幕を掲げていたひとりに、真っ赤な上着を着た60近くのよっぱらいが「お前らなにしとんねん」みたいな感じでからんでいた。だいたい真っ赤なアウターを着ている人はこの社会になんらかの不満をもっている輩と思って間違いない。いや、もしかしたら還暦のお祝いでハッピーなだけかもしれない。それのどちらかだ。
そしていよいよお待ちかね、ロイヤルエクスプレス乗客のみなさまがエントランスに降りてきた。みなさまといっても老夫婦2組の計4名。しかしこの4名のまとう優雅さや気品は僕らを圧倒するのに充分だった。バイオリンの生演奏もよろい兜や横断幕も熱をこめて"おもてなし"を加速させた。真っ赤なアウターもすっかりおとなしくなってその場で立ち尽くしている。もちろん僕らふたりも間抜けな顔してつっ立ってた。
なんの変哲のない地方都市の駅のエントランスがちょっぴりカオスな現代社会の縮図と化した。それで5両編成の鉄のかたまりへの恋愛感情もすっかり冷めてしまった。なんでだろ?
・・・・
そしてようやく、町中華屋さんで予定通り固いあんかけ焼きそばを美味しくいただいた。
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僕らはもう話題にするゴシップも尽き果て、なんの会話もなく粛々と食事をしていた。それでぜんぜんかまわない。何に対してもあらがいはしない。どんな時でも。
時の流れに逆らうことなくひとつずつ歳を重ねてきた。微々たる風が吹けば数センチほど飛ばされた。黙れと言われたら黙るし、笑えと言われたら前歯だけ見せるし、踊れって言われたら片足だけ上げる準備はできている。
これが僕らの処世術。我ながら完璧だと思う。
でも何故だろう。人の怒りをよく買うんだ。
つづく。