交情親交友誼 その2
一昨日のオイラの記事です。
のうえんちゃんがオイラを方向音痴呼ばわり(笑)。
そこに、メイちゃん、ちづこさん、candy@さんも加わります。
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今日、登場願うのは、迷子になっても散歩好き。記憶を飛ばせどお酒好き、愛媛生まれ、テキサス育ちのいしまるゆきちゃん。この方、同時通訳をしているスーパーウーマンで、IT、エンタメ、宇宙を得意としています。
いしまるゆきちゃんの記事に出てきたのがリトアニア。
リトアニアとエストニアとラトヴィアは「バルト三国」と呼ばれています。
バルトの語源は、ラテン語の「端、はて」あるいはバルト語の「白い地」と考えられますが、定説はありません。
バルト海はスカンジナビア半島とヨーロッパ大陸に囲まれた内海で、広さは日本の総面積に匹敵する37万平方キロ。バルト三国は1918年にロシア帝国から独立しましたが、1940年にソ連に編入され、1991年に再び独立。
12世紀には、ハンザ都市として有名なリューベックの商人がロシアの毛皮を求めて東へ向けて商業活動を拡大していくことになります。13世紀初頭にはリーガ(ドイツ語名リガ)=ラトヴィアの首都に司教座が置かれます。13世紀末にハンザ同盟にも加盟して以降は、リーガは東北ヨーロッパの中心地のひとつとして急速な経済発展を遂げます。
でも、バルト三国の歴史の中で統一国家としての存在が認められるのはリトアニアだけ。13世紀に現れた族長ミンダウガスはカトリックへ改宗し、諸部族を率いてリヴォニア騎士団の騎士に列せられます。そして、ローマ教皇からリトアニア王を名乗ることを許され、1253年に即位しました。
リトアニアの首都ヴィリニュスは19世紀から20世紀にかけて、人口の約半分がユダヤ人を占め、北のエルサレムと呼ばれます。第二次大戦中ポーランドに占領され、臨時の首都がカウナスに置かれます。ここにユダヤ人を救った外交官・杉浦千畝が勤務していました。
バルト三国のうちエストニアだけがフィンランドと同じくウラル語族で、ラトヴィア、リトアニアはインド・ヨーロッパ語族。
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テキサス育ちのいしまるゆきちゃんは、偏りのない中庸の人。
「差別と区別」の違いをわかってらっしゃる。
いしまるゆきちゃんの育ったテキサスと言えばアラモの戦いが有名ですね。
長々と書いてまいりましたが、あらもうこんな時間。それでは、みなさん、今日もよい一日をお過ごしください。