梅雨空
雲の垂れた朝の空 日の出は見えず
ただぼんやりと明るむ空に
しとしと降る雨の下
首の長い水鳥が一羽 二羽
間延びした声を上げ 飛んでいく
ずっと遠くの西の空まで
今日は雲に覆われたまま
空も星も太陽も見えず
どうしようもない眠気を僕は
枕を抱きしめてやり過ごす
やり過ごしているうち
また眠りに落ちて
目が覚めても同じ空の色
時計の針だけが前に進み
を何度か繰り返しているうち
なんとなく昼になり
なんとなく午後になって
なんとなく一日が終わる
どうしようもない梅雨空の下で
どうしようもない時間をやり過ごし
どうしようもない自分を持て余す僕は
やりたいこととか なりたいものとか
自分らしくとか ありもしない亡霊に
足首をつかまれたまま 息を殺して
じっと雲の切れ間を待ってる
〇 〇 〇 〇 〇
陰気な夏だった。一体これは夏なのだろうか。窓から見える空はいつもどんよりと曇り、時々ジンを買いに出ると、外套を着ていても寒いくらいだった。ある朝、カーテンを閉めないまま眠って目が覚めたとたんにその陰気な空が見えた時、バルタザールは髪を掻き毟りながら飛び起きた。
「こんな所はもう御免だ」
「じゃ、何処へ行く」
「ブエノスアイレス」とバルタザールは言った。一体どこからそんな地名が出てきたのか、私には想像も付かなかった。「急がないと。戦争が始まる」
(佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』文春文庫 p.338)