最後の雨に
いったいこの雨は いつから降り出したのか
延々とだらしなく降る 夏の長雨に
触るもの全てに 黴が生えてしまうほど
いっそ記憶まで腐らせてくれればいい
黴だのウイルスだのの立ち込める夏なんて
誰一人想像もしなかった
空の果てまでよじれた世界からも
逃げ出して見せると自信満々に
笑って飛び出していった君は
今 どこにいるのだろう
僕は今 黴だらけの地面を這いずって
前にも後ろにも進めないまま
永遠に続くかのような雨雲の
裏側まで来てるはずの夏の夢を見る
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陰気な夏だった。一体これは夏なのだろうか。窓から見える空はいつもどんよりと曇り、時々ジンを買いに出ると、外套を着ていても寒いくらいだった。ある朝、カーテンを閉めないまま眠って目が覚めたとたんにその陰気な空が見えた時、バルタザールは髪を掻き毟りながら飛び起きた。
「こんな所はもう御免だ」
「じゃ、何処へ行く」
「ブエノスアイレス」とバルタザールは言った。一体どこからそんな地名が出てきたのか、私には想像も付かなかった。「急がないと。戦争が始まる」
(佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』文春文庫 P338)
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