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歴史時代小説を書くために 其の六(登場人物の名前をどう書く?)

 こんにちは。何かと忙しくて前回から少し間が空いてしまいましたが、その六です。
 今回は、歴史時代小説を書く場合の人物名の表記の仕方についてのお話です。

 江戸時代までを背景にした小説を書いたことがある方は、とっくに御存知かと思いますが、キャラの名前をどう書くかは、意外に厄介な問題です。
 武士の場合、「幼名」、「諱(いみな)」、「仮名(けみょう)」、「官途」、「法号」などなど。さらに、正式にいうと「姓」と「氏」があり、その者の名前表記として、どれを選択するかはシーンの状況しだいで変わる、ということになります。

 ちなみに、
「幼名」は、産まれたときにつけられる名前。梵天丸(伊達政宗)とか虎千代(上杉謙信)とか武王丸(武田勝頼)とか、おめでたいものや強そうなものにかけた名前が多い印象。
「諱」は、元服したときから名乗る正式な名前。頼朝とか信長とか家康とか。
「仮名」は、習慣上、諱を平常の会話では使えないので、太郎とか二郎とか新九郎とか、平時に使う名前。
「官途」は、本来は職名的なもので、越前守(えちぜんのかみ)とか左衛門尉(さえもんのじょう)とか。現代なら課長とか部長とか呼ばれるような使われ方をする名前。ただし、自称も常態化していたので、実際にその職に就いていないことの方が多いようです。
「法号」は、出家した後、僧になった武士が○○入道とか名乗る名前。
「姓」「氏」は、普段はほぼ使うことのない出自と家の源流を示す名前。

 これらの名前は、正式な文書に署名する時、簡単な消息(手紙)に名前を記す時、口頭で会話する時などで、それぞれ違う名を使うことになります。(手紙や口頭の場合、身分差によっても呼び名は異なってきます)
 小説を書く上で、これはたいへん煩わしいだけでなく、読者にとっては分かりにくくてすらすら読めず、読み進める興味を失わせる元となります。

たとえば、織田信長なら、
①12歳で元服するまでは「吉法師」
②元服後は「三郎信長」(信長が三男だったことあるが父も祖父も三郎であり、先祖伝来の仮名らしい)
③1549年頃から「上総介」(信長公記に拠れば、この年に自ら任じたという。1554年の判物で初見。この時代、官職・受領名を勝手に通称にすることは普通にあった。何故上総介を用いたのかは不明)
④1566年頃から「尾張守」(この年の書状で初見。多門院日記に記載)
⑤1568年から「弾正忠」(この年に足利義昭を奉じて上洛。義昭を将軍位に就ける。副将軍、管領を辞退し、かわりに就いたのがこの職)
⑥1574年から「参議」(前年に足利義昭を追放。朝政を参議する職)
⑦1575年から「権大納言兼右近衛大将」(越前一向一揆を鎮圧し、長篠で武田家を破る)
⑧1576年から「内大臣兼右近衛大将」(安土城築城。石山合戦本格化)
⑨1577年から「右大臣兼右近衛大将」(右大臣は天下の政務を司る職で、しばしば「右府」と略称される)
⑩1582年から「泰巌」(本能寺後の法名)
⑪その他の名前
 「藤原信長」(天文18年の発給文書での署名。織田家は代々藤原姓を名乗っていた)
 「平信長」(元亀年間から名乗るようになった。源平交代思想、つまり、平清盛〔平氏〕→源頼朝〔源氏〕→北条家〔平氏〕→足利家〔源氏〕→織田家〔平氏のはず〕という理屈から平氏と考えたらしい。わざわざ清盛に遡る家系図を作成したという話もある)

 信長というと、④の「尾張守」や、漫画ドリフターズの影響もあって、⑦の「右府」(うふ)という名が使われることが多いような印象ですが、地の文かセリフか、作中の年代やセリフを語る人物の身分、語る場所によって呼び名は違ったものになってきます。(これはみなさん、御存知ですよね)
 実際、戦国時代に諱で「信長さま」と呼ぶことはありえない! と指摘する方が多いのですが、現実にはそうでもないらしいです。
 原本は忘れてしまったのですが、江戸時代初期の聞き書き文書で、本能寺の変に明智方足軽として参加した者にインタビューした文献が残っていて、それを読んだことがありました。はじめにガランとした本能寺本堂に押し入るところからして非常にリアルなのですが、そこでその雑兵が「ノブナガさま」と言っている箇所があり、「ノブナガ」という呼称を使うやつだっていてもおかしくないんだよな」と考えを改めた次第です。

 また、単純に仮名を使えば正解かというとそうでもなく、その時代に多くの人に呼ばれていたらしい呼び名がある者もいます。例えば応仁の乱前の山名宗全は、「金吾」(一休宗純の文書から)とか「赤入道」(武士や公家だけでなく凡下の民からも)と呼ばれていたようですし、細川勝元は「武州殿」(武蔵守という官途から)と呼ばれていたことが、公家の日記などで判ります。
 ニックネームや通称など、いつの時代にもありますし、それを作品に取り入れることで、時代のリアリティがより感じられる作品になると思います。

 とにかく、戦国期前後の武士は頻繁に名前を替えますし、一族の者らが多数、同じ字を使ったり(足利の「義」とか徳川の「家」とか)、将軍や大名から偏諱(へんき・名前の一字を貰うこと)を賜ったり、果ては何代か前の先祖と全く同じ名前を使ったりします。
 歴史小説の場合、事実を曲げるわけには行きませんので、この辺の登場人物の区別や整理は、地の文とセリフの工夫などで、スムーズに引っかからず読んでもらえるよう、切り抜けなかればいけません。 その上で、小説ならではの想像性を活かしてフィクション部分を膨らませ、より血の通った現実の人の営みを描けたら、リアルで面白い歴史小説になるのでは? と考えています。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 





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