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人間卒業

どうも、人間でいるのがしっくりこない。
かといって、「猫になりたい!」とか「妖怪がいい!」ってわけじゃない。そんな可愛げのある話じゃなくて、もっとこう、「限りなく人間に近いけど人間じゃない」っていう、ギリギリの線を歩きたいのだ。そういう存在になれたらいいなあ、ってずっと思ってる。

とりあえず、手始めに耳に穴を開けてみた。ちょっとだけ、人間からズレた気がした。でも親にバレて怒られた。「そんなんしないで普通に勉強しなさい!」だって。普通ってなんだよ。こっちは人間の限界に挑んでるんだから、勉強どころじゃないってのに。

それでも物足りなくて、次に舌を裂くことにした。カミソリを買って、鏡の前に座る。赤く光る舌を出して、じっと見つめる。

刃を当てると、チクリとした刺激が走る。でもそれだけ。思ったより痛くない。少しずつ力を入れると、じわっと熱が広がって、ズキズキとした痛みが襲いかかる。顔が歪む。でも、同時に胸の奥がスッと軽くなる。ズキズキするのが、なんだか心地いい。赤い血が舌の先からぽたぽた落ちて、私の手のひらに広がっていく。

「痛い…けど、気持ちいい…!」

これが、「限りなく人間に近いけれど人間ではない何か」への第一歩かもしれない。

でも、まだ足りない。足りない、足りない。私はナイフを手に取る。今度は腕に模様を描くことにした。デザインナイフをそっと肌に押し当てて、ペンで線を引くみたいに、ゆっくり刻む。

スーッと赤い線が浮かび上がる。ピリピリする。でも、痛みは怖くない。むしろ、「ああ、私の身体って、ちゃんと傷つくんだなあ」って、不思議な気分になる。痛みを感じることで、何かに近づけた気がした。

──けど、やっぱりまだ人間のまんまだ。

どれだけ痛みを刻んでも、どれだけ血を流しても、私はまだ、普通の人間の皮をかぶってる。ただの変わり者でしかないんだって、なんとなく分かってしまう。

たまに、宇宙人みたいに触覚が生えてこないかな、とか、吸血鬼みたいに夜だけ活動する体質にならないかな、とか、ぼんやり考える。でも、そんなことを期待してる時点で、やっぱり私は人間なのだ。

──だったら、もう、無理に異形になるのはやめようと思った。

「まあ、これもありか」って思うことにした。私は私のままで、「人間じゃない感じ」を楽しめばいい。

明日もまた鏡の前で、自分とにらめっこしながら考える。「私、これでいいのか?」ってね。でも、そんなこと考えてる自分がちょっとおかしくて、笑っちゃうのだ。

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