放置してたブログに来たコメントにマジレスしようと思う
以上のコメントがずっと前に作ったきりのブログに投稿されていた。
だいたい言ってることはその通りっちゃ通りだが、なんか気に食わんのでここでマジレスしていこうと思う。
コスプレ、カメラ、絵、ギター、造形
何とか自分も創作者、発信する側に立ちたい、他のユーザーとは別でありたいと考えてそうですけど悉く長続きもしなければ碌に成長もしませんでしたね。
確かにこれらはここ数年で自分がやってみようと始めて、なおかつ途中でやんなくなったものの数々である。それに関してはむしろ数年前からの行動よく見てんなあという驚きを感じた。
しかしちょっと待ってほしい、趣味とは、創作とは長く続けなければいけないものだろうか?
ましてやそのどれもが「やってみたかった」、別段これ1本で飯食って生きてく、などと宣言した覚えはまるでない。
他のユーザーとは別でありたい、とは?
むしろ他の人と違うことしてた記憶がないのだが...あるキャラのコスプレ、その辺の風景写真、誰でも思いつくような絵、既に楽譜の存在する曲。創作活動ですらなくないか?
コメント投稿兄貴はそう感じたかもしれないが、その点に関して私は明確にNOとお答えする(Noteお答えする、と絡めたとてもおもしろいギャグ)
というかどれも辞めるペース早過ぎて、、、、、まさか数週間や一ヶ月もあれば劇的に成長して皆から反応が貰えるとでも???
貴方以外の人達は碌に反応貰えなくとも何ヶ月も、何年も努力して今の地位を得たんですよ。
辞めるペースが早い、これもまあそう。
コスプレに関しては2、3年くらいだろうか?既製品から始めてちょこちょこ自作してみたり改変したりして遊んでいた。思い返すと恥ずかしさ半分、でも楽しかった気持ちもある。某作品のアレンジ衣装を再現しようとしていた頃は実に楽しかった。
劇的な成長、などというものはてんで縁がなかった。これはそもそも短期間に徹底的に練習だの実践だのをやってこなかったことが一番の要因だろう。ここに関して「本気じゃなかったから」というのは実に言い訳がましいが、実際そういうことなのだろう。
何ヶ月も何年も努力している人は確かに存在するが、そういった輝かしい存在とこの自分を比較することはそもそも失礼なのではないか?
相対的に見るのは見る側の勝手だが、人が何をどんだけやるかなんてものは個々人の自由ではないだろうか。
それともフォロワーの数の暴力で評価いっぱい貰えると思いました???貴方のフォロワーの数は正しく"飾り"という言葉がお似合いですね。貴方よりもずっとフォロワーの数少ないのに創作面で追抜かれまくって惨めですねぇ。
このアカウントのフォロワー内訳はだいたい東方関係8割、あとは趣味系と最近増えたV関係が2割くらい、だと思う。
数の暴力、とコメント兄貴はおっしゃっているが、では現在のフォロワー数はいくつかというと、864フォロワーである。1000人もいない。
「飾り」という表現はいかがなものかと思うし、そもそもTwitterにおけるフォロワーはこちらの意思でそうそう増やせるものでもないし、広めてほしいのならもっと普段のツイートを加減するべきなのは言うまでもないことだろう。
私のTwitterの使用目的は、「フォロワーから流れてくるめちゃいいイラストや漫画読んだり、気になる作品の関連ツイート漁って楽しむこと」である。
うまく使えば数字が伸びることもあるだろうが、そんなことはどうでもいい。Twitterは遊びでやってるんだぞ肩の力抜けよ。
「フォロワー少ないのにすごい人」はけっこういっぱいいると思っていて、これはむしろtwitter絵描きあるあるかもしれない。これは必ずしも「Twitterフォロワー数が能力の優劣を決めるものでは無い」の最たる例と言えるだろう。そういう方々は本当に尊敬に値する。
これからも「俺は好きでやってるんだ」と自分を騙し続けて、その都度やる事変えながら誤魔化し続けるといいでしょう!
クリエイター舐めんな
「好きでやってる」以外の理由で動くこと、あるか...?逆に評価されたいがために、商売や数字のために努力して思い通りにならなかったら地獄じゃないか?
やりたくないことやってまでいいね貰いたいとは思わないが、コメント兄貴は違うのだろうか。上手くいってないのだとしたら、非常に心苦しいのだが自分にはどうすることもできない。なにせこのコメントはTwitterではなくブログの方に匿名で寄せられているものなのだ。もし差し支えないのであればTwitterフォローしてあなたの作品をいいねRTするぐらいの助力はできるのだが...まあ、それこそ氏の言うところの「数の暴力(飾り)」でしかないのだが。
継続してコンテンツを作り続ける、というのはファンを増やすためにもっとも有効な方法であると聞くが、それには持続力、向上心、なにより努力が必要だろう。
そのいずれも目標を持たないこの私には荷が重いものであり、であるが故にこのようなコメントを頂いてしまう憂き目にあっているのだ。
コメント兄貴は何を言いたかったのか
最後の締めくくりを見るに、どうも怒っているように感じられる。
どこかからこのアカウントを見ていて情けないと思ったのか、それとも彼の許せないことを私がしてしまったのか。
あるいはこうも考えられる。「お前はどれもこれも長続きしていない。だから他の人に追い抜かれていくのだ。一本に絞って成長しろ!」という主張。
これは一種の叱咤激励だ。こういう意図で話していたのだとすれば私は今すぐにでもこの駄文を削除し、創作活動に邁進するべきだろう。
しかし、彼はこうも言っている。
これからも「俺は好きでやってるんだ」と自分を騙し続けて、その都度やる事変えながら誤魔化し続けるといいでしょう!
やることを転々としていくことを許容している。これは一体どういうことだろうか?
自分を騙すも何もそれが本心なので疑いようもないが、つまり私はこのままでいいということになってしまう。
よく分からないので、私はこう解釈した。
「なんかお叱りコメント貰ったし、自分だけこれ読むのももったいないからコンテンツ化してあげよう!」
以上がこの記事の存在理由であり、「俺の好きでやってる」ことである。
おまけ
ついでにコメントに対して返信で書き込んだ文章もここに置いとかないとフェアじゃないと思ったので投下。