生きてるフィッシュ
青い水玉模様の白シャツで『non-no』を読んでいる、おばちゃん。4人がけのテーブル席に新聞紙を広げている、おじちゃん。ここはとても静かそうだ…と思って、着席する。モーニング(トースト+コーヒー)とコーヒーの値段が同じであることに手をピリピリさせながら、コーヒーを注文する。
おばちゃんの仲間2人、合流。おばちゃんがソファ先に座らず、店の出入り口に近いほうの席に座っていたのは、下座の意識なのか…?ただ単に、1人で座っているほうがラクというだけの気もする。2人が来た途端に、おじちゃんに「よっ会長!」と声をかける。会長…?
さっさと退散する会長。見逃さないおばちゃんが「こんなとこ集まって、おしゃべりして、無駄な時間よね」と言うと、帽子を被ってすっかり紳士風の会長が「無駄なもんですか、そういうことは大切ですよ」と応える。うちの祖父が被っていたのも中折れハットだったな。
「ねぇ…あの人って独身だっけ」「いやぁね、何言ってるのよ〜」「いや、さ、もうそんなんは無いけどさ、一応さ」
声が大きい…私は今朝4時に寝て、7時半に起きて、9時から髪を切られるというハードスケジュールをこなしたところ。そしてコーヒーを飲んで、じっくりと頭を起こしていこうとしてる。キャロリン・コースマイヤー『美学 ジェンダーの観点から』(2009)だって机の上にスタンバイさせている。しかし、ここで席を替えたら感じが悪い…?
おばちゃんたちへの対応について複数のパターンを検証する。
①お喋り、楽しそうですね〜!
②カフェはお喋りするところですよね、でも静かに本を読む権利だってありますよね。目的が違う者どうしは離れたほうがwin-winですよね。お互い楽しみましょうね!
③席、替えますね…!感じ悪いですよね…すみません…!
結局は、会長のテーブルを片づけに来た店員さんに「奥の席に移っても構いませんか?」と声をかけ、「良いですよ〜!」という返事を合図に、ササッと荷物をまとめて移動した。1発で移動を完了させたかったので、リュックを肩にかけ、コーヒー、コースター、伝票、おしぼり、本を手に持つ。コーヒーとコースターを同時に持ち上げるのは至難の業で、指がポジション取りに困っていた。ぐらっとして、こぼしそうになる。おばちゃんたちの声が止んで、私の顔と手元に視線が集まる。いや…!!ここでコーヒーをこぼすと悲惨だぞ…!高まる緊張感。アワアワなんてするものか、私の表情はなんと淡々としていることだろう…!
ホッとして着席。「うるさかったんやわ」「お姉さん、あの子に水を持ってったげて」私は最近、1987年結成のロックバンドfishmansの《Masic Love》を聞いている。♪ 輝ける笑顔 彼女の笑顔を
作り出したのは ボクだったかもしれないし 天気のせいだったかもしれない
恋なんて魔法みたいなものだから、想いが通じたのは、僕が頑張ったこととは関係がないかも知れない。ただ彼女の気分が良かっただけかも知れない。私の席移動におばちゃんが腹を立てたって、私のせいではないかも知れない。そう思うと、1杯のコーヒーを飲み終えるまでの静けさを獲得しようとしたこと、それ自体を尊く感じられる…かも知れない。
飾り棚にあるコップみたいな水槽に、生きてるフィッシュがいた。模型ではなかった。
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