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梔子(くちなし)  【旅する日本語】 【恋草】

 「で、君は僕がもしボーイフレンドだったらどう思う?」
 旅先で出会ったイタリア人Fがまっすぐな眼差しで私を見つめてくれたのは、浜辺で女友達と談笑しているときだった。二人きりならともかく、聞き耳を立てる仲間もいる。自分の思いを話すなんてできっこないと私は黙り込んだ。内心は照れくさく、嬉しくもあった。結局、話は流れそのままとなった。
 わずか一週間のマルタ留学中、図らずも私はイタリア人たちと意気投合しバカンスを共にした。人懐っこく陽気に、臆せず感情を露わにするのは小気味いい。ずっと一緒に居たかった。

 残る思いが恋草らしいとわかったのは帰国後のこと。私はFに複雑なメールを書いた。暗喩に込めた真意は伝わるはずもなく、美しい言葉をありがとうと返事がきた。夏目漱石はアイ・ラブ・ユーを「月がきれいですね」と意訳したというけれど。
 ああ、ただ一言、率直に、アイ・ラブ・ユーと言えたらなぁ。

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