グラウンド、半分
2020年3月。「サフランライス3」という、それはそれはすてきそうな、演劇の短編持ち寄り企画に参加する予定だったのですが、結局参加がかなわなかったことがあります。その後、なにか作品を残しておけないかとうじうじしていました。そのときに書いた作品です。読み返してみたところ、たった何ヶ月か前のことなのに、遠くのせつない思い出になっていました。そんな、発掘された私の3月を公開してみます。
久々に最後には感想フォームのリンクも貼ってみましたので、もしよければそちらに何かコメントくださると、大変丁寧に読ませていただきます。同じリンクから、がらくた宝物殿の他の作品への感想も送っていただけます。
グラウンド、半分
グラウンド。半分は工事中で、大きな穴があいている。
日曜日なので作業は行われていない。
穴をのぞむように置かれた、グラウンドの隅のベンチ。
そこに座ってぼんやり穴を眺めるふたり。道頭と立川である。
道頭 ここ前なんだっけ?
立川 もう半分のグラウンド
道頭 ああ
立川 ……せつないよね
道頭 なにが?
立川 いっつもグラウンドのこっち側でキャッチボールしてたからさ。なくなったらせつないなって
道頭 あっちでやったらいいんじゃない?
グラウンドの姿の残った方を指す道頭。肘は太ももに乗ったままで、手もしっかり握られていない。人差し指も突き出しているのか突き出していないのか微妙である。
立川 まあそうなんだけど、でも今まではずっとこっちでやってきたから
道頭 一緒じゃない?何もないグラウンドだよ
立川 うん一緒なんだけど。でも今まではずっとこっちでやってきたから
道頭 うーん
立川 思い出がさ……ずっとこっちだったから
道頭 うん
間。ふたりとも穴の方をぼんやり見ているが、穴に焦点が合っているのかはわからない。
立川 せつないなあ
道頭 ……
立川 ……しょうがないけどね
道頭 そうだね
立川 よしキャッチボールしよう
道頭 しない
立川 いやなんで?
道頭 ボールないし
立川 探せば落ちてるよ
道頭 やだよわざわざ
立川 なんで、どうせキャッチボールでどっか飛んでったら探すじゃん。先に探すか後に探すかの違いだよ?
道頭 ボールあるかわかんないし
立川 あるよ!
突然キレのよい大きめの声をあげる立川。道頭は少し驚く。
道頭 何その自信
立川 よくなくすだろ、ここで
道頭 ああ
立川 あ。でもキャッチボールしてたのこっち側だ。あ、違うあっちに投げるからボールはあっちか
道頭 知らんけど
立川 よしいこう
立川だけ跳ねるようにベンチから立ち、残っているグラウンドの方へ飛び出す。
道頭は動かない。
立川、気づいてすぐ戻ってくる。
立川 来いよ
道頭 やだ
立川 なんで、キャッチボールしようよ
道頭 わたしあれでいいや、会話のキャッチボール
立川 やだよ君あんま喋んないじゃん
道頭 喋るから
立川 喋ってもすぐ世界の話するでしょ
道頭 そりゃ自分たちの住んでる世界なんだから、興味あるでしょ
立川 まあね。えー、でも今日はリアルのキャッチボールしよう
道頭 リアルって、なんだろうね
立川 ちょっと続けんなよ世界の話、白熱しちゃうだろ
道頭 いいじゃん
立川 たまには身体動かしたほうがいいって
道頭 投げるの得意じゃない
立川 いつもやってたじゃん
道頭 いつもじゃないよ、すごいたまにだよ
立川 最近やってないからすごいたまにだよ
道頭 すごいっていうほどにはなあ
立川 えー、もうじゃあキャッチボールしながら世界の話してもいいから
道頭 うーん……わかったやる
ベンチから立ち上がり、校庭を外周に沿って歩き始めるふたり。
キャッチボール、の前にボールが落ちていないか探して歩く。
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道頭と立川が座っていたベンチのあるのとは反対側の辺で穴の方を見ながら電話をかけている人、榎木。
榎木 あの……ない。あ、いやそれもそうなんだけど、あの……グラウンドがね、なくなってんの。……うん、ないっていうか、半分ね。半分なくなっててうん探すっていうかもう掘られてる。すげえ、いやもうごっそりいってる。……いや誰もいないからわかんない。……だから聞く人がいないんだって。だからそうそう、僕らが埋めた側のグラウンドがなくなってんの。いやいいからとりあえず来てよ、いつ着くの?……えーまじで……わかった。うん、じゃあそれまで一応探してみるけど、はい、はーい
電話、きれる。
榎木は舌打ちとため息のコンボを決める。
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道頭と立川は、榎木の近くまで、グラウンドを半周以上まわってきていた。
ようやくボールを発見する。
立川 お、あった
道頭 おお
立川、ボールを遠くに投げる。最初に座っていたベンチの方へ転がっていく。
道頭 なんで投げちゃうの
立川 キャッチボールは投げるでしょう
道頭 こっち(に投げてよ)
立川 どうせ離れるんだから、先に投げるか後に投げるかの違いだよ
道頭 いつもそれ言うけど、先と後、全然違うからね
立川 まあね
道頭、今度はグラウンドの端をまわらず、最短距離でボールを取りに行く。
拾って投げ返そうとする。が、立川が誰かと話していて道頭の方をを見ていないのに気がついてやめる。立川が話している相手は、榎木。
遠くから立川が叫ぶ。距離を意識するせいか、ひとつひとつの音がやや伸びやかに発声される。車の窓から畑仕事をする第一村人に話しかける感じか、引越しす友達の乗った車が遠ざかるのに向かって最後の別れを叫ぶ感じか、屋上から全校生徒に宣言をする感じか、朝食中のさつきを呼びにくる友達の感じか、そういうのが混ざったような喋り方、というのだろうか。そんな調子の会話が続く。
立川 タイムカプセル探しに行こう
道頭 は?
立川 埋めたんだって、ここに
道頭 え?
立川 タイムカプセルを、ここに、埋めたんだって。探しに行こう
道頭 いや、そこに埋めたんなら……そこにあるんじゃない?
立川 うん。でも工事してるから。別の探し行こう
道頭 は?
立川 別の。別のタイムカプセル
道頭 別の?ごめんなんもわからん。なにタイムカプセルって
立川 少年時代の思い出を缶に入れて
道頭 それはわかる。なに、何のタイムカプセル?
立川 この人の。去年埋めたんだって
道頭 早くない?
立川 え?
道頭 掘るの、早くない?
榎木 1年で、人は結構変わるものですよ
道頭 ……すいませんだれですか?
立川 探しに行こう
道頭 うちら関係なくない?
立川 うん、ない
道頭 キャッチボールは?
立川 もういい
道頭 (独り言で)まじか
道頭、ボールをその辺に放って立川らのところに戻っていく。
立川 あの、公園とか、結構埋まってるんじゃないですかね、タイムカプセル
榎木 ああ、なるほど
道頭 いやそれは別のでしょ?
榎木 別のとは?
道頭 いやだから、あなたが埋めたのとは別のなんじゃないですか、公園のは?
榎木 そうでしょうね
道頭 ……あ、いいんですか?
榎木 ダメですか?
道頭 わたしはわかんないです
立川 埋めた本人が掘り出したところで、元々あった思い出が蘇るだけだけだよ。全然違う人が掘り出したら、ない思い出、新しい思い出を創り出すことができるんだから。そっちの方が豊かだと思わない?
道頭 何の話?
立川 誰かの恥ずかしい思い出が見つかるかも
榎木 うれしそうですねえ
道頭 知らん人の思い出見てもなあ
榎木 夏目漱石や太宰治だって、知らない人でしょう
道頭 えー
榎木 まあ、僕が埋めたのなんて去年のだし、大した思い出じゃないかもしれませんね。別の探しに行きましょうか
道頭 じゃあもう掘らなくていいんじゃないですか?
立川 野暮だなあ
榎木 野暮ですねえ
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校庭のベンチに座る3人。公園から戻ってきたところである。
榎木 見つかりませんでしたねえ
道頭 まあ、そんな埋まってるもんでもないんじゃないですか
榎木 ですよね
立川 タイムカプセルってさ、埋められた数と出てきた数、絶対一緒じゃないよね
榎木 ああ、そうですね
立川 掘り返されなかったタイムカプセルは、どうなるんでしょうか
榎木 お、なぞなぞですか?
道頭 ではないんじゃない?
立川 なぞなぞです
道頭 おお
榎木 正解はなんですか
道頭 考えないんですか?
榎木 じゃああなた考えてくださいよ
道頭 えー。じゃあ考えなくていいです
榎木 でしょう
立川 次来た時はさ、こっち側もなくなってたりしてね
道頭 答えは?
榎木 いやいや、そんなすぐなくならないでしょう
立川 わかんないですよ、次いつ来られるかわかんないし
榎木 え
立川 僕たちねえ、4月から東京で働くんですよ
榎木 そうなんですね
立川 驚きました?
榎木 いや、そうじゃない場合を想定していたことがないんで
立川 そっかあ。よしじゃあ遊びましょう、お近づきの印に!
道頭 なんで?
立川 意味はないよ。思い出思い出
榎木 心のタイムカプセルを埋めるってわけですね
立川 うーん、そうなの?
道頭 え?
立川 あ夕飯どうしよう?どっかいく?
道頭 待って待って、話題変えるの早くない?
立川 そりゃ早いよ!
道頭 ……なんで?
立川 あ、理由はない。そんななんにでも理由を求めてると、脳のシワになっちゃうよ
道頭 意味わかんない
立川 だから意味なんてないの
道頭 はあ?
立川 楽しいでしょう?楽しけりゃ意味は後からついてくるもんさ。ねえ
立川は榎木に同意を求める。
榎木は中指のささくれを気にしていて、話しかけられたことに気がつかない。
誰も喋らない。まあまあ長い時間。
立川 なんの話してたんだっけ
道頭 わかんない
立川 ……人生と一緒か
立川はつぶやくが、道頭も榎木も中指のささくれに気を取られていて反応しない。
立川も中指のささくれを気にしようとするが、ささくれがなかったので、靴と靴下を脱いで右足薬指のささくれを触る。
あとは、日が沈むのを待つだけ。
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あとがき
2020年、3月。本当は福岡と京都で演劇をする予定だったんですが参加できなくなりました。ものすごくせつない気持ちになって、ごっそりいろんな気力がすり減ってしまったのを覚えています。
それでも、すてきな方々(がらくた宝物殿にはいつもすてきな方々に恵まれます)と何かやりたいなあ、とぼんやり思っていました。4月からはみんな生活環境が大きく変わり、軽率に演劇やろうと集まったりもできないことを思うと、少し泣きそうになりました。
そのとき、学校のグラウンドの半分が工事の資材置き場になっていて使えないのを見て、ろくにグラウンドで何かしたこともないくせにちょっぴり寂しい気持ちになったことを思い出しました。意味もなければ趣もない、ろくでもない寂しさですよね。
自分の抱える切実な寂しさを、そんなめちゃくちゃアホらしい寂しさに落としてみたのがこの作品です。
実際に着想を得たグラウンドで映像を撮影しようかとも思ったんですが、その時にはグラウンドの使えなくなっている部分が半分ではなく三分の一くらいになっていたり、参加公演辞退のダメージから立ち直れていなかったりで、叶いませんでした。
代わりに、すてきな方々と一緒に外でジェンガをしたり、小学生の頃にやった遊びをしようとしてルールを曖昧にしか思い出せなかったり、四つ葉のクローバーを探したり、ぱっと見ドミノっぽいけど全然違うやつを作ったり、だらだらスマホのメモを発表し合ったり、どうやっても他の皆さんとは共有できない最高の時間を過ごしました。
やっぱりあのすてきな方々と演劇をしたくて、常にすきをうかがってはいるんですが、叶う日は来るのでしょうか……。
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