タイトル見つからず
椅子に座って早20分がたっただろうか。
何かをふと思い立って机に向かってペンをとったのだが、座ったころには何を思い立ったか忘れてしまった。
椅子に座ってからは思い立ったことを思い出すというけったいな作業をかれこれ続けている。
そもそも思い立った事って考えついたものじゃないんだから、思い出そうにも脳みそのどこの引き出しに入っているか分からない。
見失ったリモコンを「どこかで見た気がする」とリビングを探し回る、そんな感じだ。
何を書こうと思ったのか、それすらも思い出せない。そもそも何かを書こうと思ったのか、それすらもわからなくなってきた。
なんとなく納得のいかない気持ち悪さを抱えながら、私は椅子から立ち上がった。
まだ少し湯気の立っているマグカップを手に取って書斎を出た。
「コーヒーなんか淹れてるから忘れるんだ」
そう呟きながらリビングに出ると4歳になる息子に声をかけられた。
「父ちゃん、書けた?」
「いや、ダメだったよ」
「そっかー。じゃあさ、レゴで遊ぼ!」
私は息子とレゴブロックを得体の知れないものに造形していく。
その時、窓の外からけたたましいサイレンが聞こえてきた。
『非常事態宣言発令!非常事態宣言発令!民間人の皆さまは直ちに所定の避難シェルターに避難してください!繰り返します、……』
私は落ち着いた手つきで持ち出し袋を背負って息子と手を繋いで家を出た。
同じマンションの人々が列をなしてマンションの地下に作られたシェルターに入っていく。
218-019号室の中村さんに声をかけられた。
「高木さん、書かれましたか?例のアレ」
「アレ?」
「ほら。この前お話したでしょう。いつ死んでしまうか分からないんですから、息子さんのためにちゃんと言葉は残した方がいいですよ、って」
「……あ。書いてないです。忘れてました」
そうだ。それを書こうと思って机に向かったんだ。
少し後悔する私の頭上を国連宇宙自衛隊の戦闘機が編隊を成して飛んで行った。
〈完〉
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