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終末世界のモラトリアム

 かろうじてアスファルトの体裁を保っている道路を息を切らしながら走っていく。
 靴の裏で何か硬くて小さい物を踏む嫌な感覚がしたが、気にしないようにした。二十歳そこらだからまだ体力は衰えてないが、追いかけ回されて走るというのはかなり疲れる。
「お前今、歯踏んでたぞ!永久歯か乳歯のどっちだと思う!?」
 後ろから脳天気で弾むような声がする。色々言い返そうとしたがやめた。長く喋れば舌を噛みそうだ。
「良いから黙って走れ!」

 俺達の後方から、狂ったように鳴く犬の鳴き声がどんどん近づいてきていた。
 自然災害が重なり有様がすっかり変わってしまったこの世界で、生き延びるために留意しなきゃいけないことはエリアによって大分異なる。だがどこにいても共通するのが、気が狂った犬に噛まれないようにする、ということだ。あれに噛まれたら終わりだ。三日三晩もすれば泡を吹いて死んでしまう。だから俺達は脇腹は引きつる感覚がしても死ぬ気で走ってる。
 
 こんなクソみたいな状況でも空は俺達の意に関せず澄み渡るような晴天だ。だがかえって都合が良い。今はビルの残骸で出来た影の下にいるが、日の当たるところまで行けば犬は追いかけてこなくなる。
 ドラッグストアの落ちた看板を横目に走って、ようやく日向に出た。念のためもうしばらく走ると、犬の鳴き声は遠ざかっていく。
 息も拍動も落ち着かないままに、俺は一緒に走っていた相手の頭を叩いた。
「死ぬ気で走るときは無駄口は叩くな。海上都市じゃ習わなかったのか?」
 相手は叩かれた頭を擦りながら、首を横に振った。

 7日前に出会ったばかりのこいつのことを、俺はよく分かっていない。犬から逃れるために作られた海上都市からやってきた、とは言っていた。
 そいつは汗を拭ってから上着を脱いだ。肉付きの良い二の腕には、クローン体であることを表す識別マークがくっきりと付いていた。

【続く】

#逆噴射小説大賞2024 #小説 #終末世界

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