ノベライズ版りっこ28『新メガネ』【オフライン環境でも見れる"読む"Youtube!】
『新メガネ』
と、画面中央にゴシック体で大きく描かれた文字の向こうから、黒いショートヘアの少女がこちらを見つめている。部屋の中は白いカーテンと白いデスク、その上に参考書と紙パックの紅茶があるのみで閑散としている。
少女は素早い手つきで机の上から紅茶を手に取り、ストローを大きく吸い込んだ。
「あっ、これね。見えるでしょう?」
カメラの動作確認をしていた祖母が画面外から声をかけると、彼女は、ん、と小さく応答し、
「りっこ28です今日もよろしくお願いします。」
と、視聴者に向かって礼をした。
ここでようやく、画面を覆っていた『新メガネ』の文字が消え、少女の顔が露わになる。彼女の名はりっこ28。大学受験をテーマとする動画を投稿し、その超個性的なトークが賛否両論を巻き起こしている、大人気YouTuberである。現在はサイバー大学に在籍中。
「んっと今日はね、近況報告よ。」両手で丁寧に眼鏡をかけ直し、腕まくりする彼女の表情はどこか誇らしげだ。
「なんか眼鏡が黄色く見えるけど気のせいかな」不意に祖母が問いかけると、りっこは「黄色い?これ。」と目をしばたたかせた。
「いや気のせいだ、わかんないけど。それで?」祖母は、あたかもりっこに会話を促すような間を作り、そして__。
「それ黄色く見える、この光のせいかね」と続けた。祖母はどうしても新しいメガネの色が気になるようだ。
「わかんないけどまあ光の反射かもね」りっこが答える。すると先ほどまでメガネの色に異常に執着していた祖母が突然、りっこにかぶせるように「雨戸閉める?」と言い出した。
「いいよ閉めなくて」
「ふーんまあいいね」
なぜ急に雨戸の話になったのか我々視聴者にはさっぱりわからない。呆気に取られる視聴者を置き去りに、「へへへへへ」と二人は笑いあう。この独特なテンポで行われる会話の応酬が、このチャンネルの人気の秘訣でもあるのだろう。
「でもこれ左目結構来るねこれ」と、りっこは新メガネの使用感について話し始める。
「どういう風に?」
「筋肉が動いてる感じするのよ。なんかこう、筋肉痛的なさ。筋肉もさしばらく動かさないでいるとピキピキ来るじゃん。いきなり動かすと」腕を前後に曲げ伸ばしながら熱く語るりっこに対し、
「わからんけど。」祖母は冷たい。
「でも視野が広がり世界観が変わったんでしょ」と祖母が半笑いで言うと、りっこは「そうそうそう」と首を振る。
「みんなにもさ、あの」と、何か言いかけた祖母の言葉を遮り、りっこは突然饒舌に語り出す。
「やっぱね絵上手い人ってね細かいところまで見えてるんだなってのがよくわかるのよ。絵上手い人って構図とか遠近感とかさ、細かいところまで描けるじゃん、ってかわからないとかけないじゃん。オラさ構図とかはさこんな感じかなって描けるんだけどさ、こう書き込むときに細かいとこまで描き込めんのよ。」
微妙な間。
自分の言葉を遮り、早口で持論を展開し始めたりっこに対し、祖母は「それは絵が上手とか下手とかの問題じゃないんじゃない」と論理の穴を指摘した。祖母からの手痛い反撃に「わかんないけど」と笑いながら、りっこは続ける。
「でも、ああやっぱ絵上手い人って目いいんだなと思って。だってさ、こう構図感とか遠近感とかって目が良くないとさ、わからんじゃん。」両手を大きく広げ先ほどと同じ主張を繰り返すりっこ。
祖母が、「絵を描くわけ?これから」と問うと、そのままの姿勢で
「かかないよ」とあっさり言った。
短いカットが入り、「でオラ一週間くらいうちに帰るわけでげすけど」と珍妙な言葉づかいで、帰省について話し出す。
「ああ行ってらっしゃい。何しに行くか知らないけど」どこまでも祖母は冷たい。
「なんかよくわかんないけどさ、オラ一週間くらいしたらさ___。」画面の左側を精悍な目つきで見つめ、一息置いてから、「左目視力よくなるんじゃないかって気がするのよ」
祖母はりっこの言葉の真意を図りかね、「わ、かんないけど」と詰まりながら言うと、りっこは「一週間筋トレするみたいなものじゃん動かしてなかった目々」と補足した。
それに対し、祖母は「わからん」と冷たく言い放つ。理解を諦めたようだ。
「なんか右目と同じ視力になったらオラ最強だね。マサイ族になれるんじゃない?」と言い、りっこはまた紅茶のストローを吸った。
ここから、りっこと祖母は互いに互いに相手の話に耳を貸さなくなり、いい加減な相槌を打ちながら会話の主導権を競い合う。
「(視力)3.0くらいよ、マサイ族って。おばちゃんも結構目がいい方だけど」「そう」「2.0とまでは行かなくても、1.5、1.5で来てさ、遠視みたいなもんだから」「そうそうそう」
「オラもね右目がどんどん視力良くなってるだよ歳とるごとに」「ああいいじゃん」「もともと右もどっちも悪かったんだけど右だけどんどん視力良くなってるのよオラ、歳重ねるごとに。」
「で、おばちゃん…」
「だってもうオラ1.0超えてるんだよ。右目1.2になって、この前視力検査、メガネの処方箋書いてもらう時に行ったらさ、右だけなんでこんなによくて左こんなに悪いのって先生に言われたくらいだもん」
「おばちゃん鳥が飛んでるときにさ」「そう」「魚咥えてるわけじゃん「うん」「その鳥がさ。こっち向いた時にさ横向いたっていうのが見えたりする」「そうそうそうそうそう」
「オラもこの前のメガネがさ目を悪くするメガネだったのよ裸眼の方が見えてさ」
「まあよかったね」
「そうそうそう」
5秒ほどの沈黙。自分の言いたいことを言い尽くした結果、収集がつかなくなってしまったのだろうか。気まずさを表情に浮かべ、りっこは黙ってうなずく。
すると突然、
というテロップが画面いっぱいに表示され、
「りっこ28でした。ばいばーい」と、彼女は笑顔で右手を振り、動画が終了した。
本編は一応ここまでだが、この後も五分近くりっこと祖母の会話は続く。是非ともYoutube版で視聴していただきたい。
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