一冊の本#02 文字本
「文字本」
片岡 朗 著 誠文堂新光社 刊
2006年11月1日発行
広大なイメージを伝達する、文字の力。
ときどき、何の目的もなく、ただキレイとか、カッコいいって感じで手にとって、書棚に飾っておきたくなる本というのがある。
それはもはやオブジェであり、内容を理解することで新しい知識を得るとか、変わった方向づけをするとか、書籍に本来、求める役割とは違う。
この本は、たまたま近くの古本売り場で見つけたのだが、そのスッキリとした出立とタイトルに惹かれて手に取った。しかし、単なるオブジェではなかったことは、買ってから家に帰ってすぐに分かった。
著者は、文字の持つリズム感を感じ取り、それをいきいきとした表現に取り入れていくことを意識しているグラフィックデザイナーだった。しかも、文字を使うだけでなく、文字を創り出すことにも挑戦している。力強さはあって人気はあるが、多用され過ぎているゴシック体に、新たな機能を加える試みだ。
私は中国語を学びはじめてから、さらに文字に対する興味が強くなった。表意文字の漢字はもちろん、慣れ親しんだ平仮名や片仮名、ハングル文字、アラビア文字など、文字の形や発する音から、そこで暮らす人たちの息づかいが伝わってくるのだ。
著者は、デザイナーという職業柄、文字とは切っても切れない関係を、ある時は自らの創造性で、ある時は歴史的な文献から、そしてある時は文字を生業とする人たちの意識から、その存在を理解して、それを見るであろう第三者たちに問いかける。
そして、私たちが何気なく受け取っている情報だけでなく、文字や書体が生み出しているメッセージも同時に受け取っているということになる。
これはまさに、隠された“麻薬”だと思う。
あとがきで、著者はこう述べている。
実業の世界では気にもされないし、むしろエッセンシャルであり、誰かがやらなければいけないことで、それが一冊の本として店頭に並んだことに、関係各位への敬意を表する。
▶︎あとがき
かつて、活版印刷が主流だった頃、いわゆる文字詰めというのが、デザイナーの腕の見せどころだった時代があった。組版上、どうしても文章の折り返しの部分が気になったり、後ろで揃えたかったり、英語や数字が入るとバラけた感じになるのを上手くカバーしてくれる彼らは、ライターにとってはかけがえのない存在だった。今ではそのように悩む隙間もないけれど…。
#一冊の本