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歴史快道を自転車で往く#01 中山道_ 鵜沼宿〜加納宿〜河渡宿〜美江寺宿〜赤坂宿篇
やるべきことは
自転車で中山道や東海道など
歴史的な道をたどりながら
気持ちよく快適に走り抜けること。
と決めたので“歴史快道”と名付けましたが
何処から、どう行くべきか悩みました。
まあ、最初から飛ばして、辛くなって辞めてしまうくらいなら、身近なところから始めるのが肝要と、自分に言い聞かせました。
■中山道から西へ、京都へ
ということで、まずは近隣で中山道の宿場町のある【鵜沼宿】を基点に西に向かって走っていくことにしました。
早朝に自宅を出て、国宝【犬山城】の周囲を旋回して、その姿をじっくり眺めながらツーリングをスタートさせました。
もう何年、この風景を見続けたことでしょう。お城のある毎日が当たり前であり、子どもたちもそこがふるさとになりました。いつもあるものがそこにある安心感は、何ものにも変え難いのだ。そう思える年齢になったのだと思います。この風景は、私がこれから何処に居ようとも、何をしていても、そして、最期の時を迎えても、思い出すのでしょうね。
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木曽川の川面に映る姿が美しすぎる⭐️
さてさて、感傷に浸るのはここまで。これから旅が始まる。早速、ツインブリッジを渡って岐阜県側へ。ここはかつて、名古屋鉄道の線路と一般道が並走する珍しい橋だったのですが、今では分離されてしまいました。当時を知る私としては、その雰囲気を楽しみながら走りました。
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向かいにあるライン大橋からの眺め
岐阜県の鵜沼にむかう県道から外れて、木曽川寄りの農道へ少し寄り道してみよう。
果てしなく広がる畑の風景の中にいると、北海道に来たような気分になりますが、ここは知る人ぞ知る各務原人参🥕の産地です。全国でも珍しく二期作を行なっており、青々とした人参の葉が風に靡く景色は、まさに圧巻です。
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残念ながら収穫後(苗植前?)でした😭
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→→→ 【鵜沼宿】へ
■騒乱が生み出した小京都
ここから国道21号線へ向かって【鵜沼宿】へ。ここは、応仁の乱の時に京都から逃れてきた文化人たちが住み着いて、ちょっとした小京都のような文化の香りが漂う地域だったらしい。ひとつ前(後?)にある【太田宿】からここに来るまでは険しい山路を超える必要があったこともあって独自の文化が育まれたのでしょう。
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「通り抜けお控えください」の看板を見ながら、歴史を感じさせる、丁寧に舗装された道を、ゆっくりと自転車で入っていきます。当時から続く酒蔵や旧家が整然と並んでいて、タイムスリップしたような感じに包まれます。
それにしても、普段は自動車で通り抜けるだけの生活道路が、大きく立派な神社やお寺が立ち並んだ街並みになっていく。これまで、こんなにゆっくりと観ることはこれまでありませんでした。生活圏に近いところにこういう歴史的な「宿場」があることに気が付かなかったのは勿体無いことだとあらためて思いました。
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曲がりくねった鵜沼宿を抜けて、国道21号線をただ真っ直ぐに進みます。2つある高架橋の側道をすり抜けていくと、二股に分かれている複雑な交差点に出ました。それを進行方向の右側に進むと、各務ヶ原公園と各務ヶ原市役所を右手に見ることができます。ここの公園は月日の永さを感じさせる木々たちが美しく、私のイチオシでもあります。日本にもこんな素敵な公園があることをぜひ知ってほしいです。休日には家族連れやご夫婦が散策を楽しむ、各務ヶ原市民の憩いの場所です。
ここで気がついたのは、名鉄各務ヶ原線を新岐阜まで進む路線は、中山道そのものだということ。名鉄の那珂駅を過ぎるとまもなく、旧21号線と中山道の分岐点に出会うことになります。
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→→→ 【加納宿】へ
鵜沼宿から加納宿まで、かなり距離があるということで、“間の宿”と言う中間の宿が設けられたよう。この後の行程でも何度か見ることができます。
ここから手力神社⛩️や八幡神社(加納神社)⛩️を越えて、ようやく【加納宿】に到着。あまり遺跡らしきものはありませんでしたが、「中山道加納宿 まちづくり交流センター」で詳細な資料を拝見することができました。
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昨年の大河ドラマにも出演していた、徳川家康と築山御前との間に永禄3年(1560)に生まれた長女の亀姫様は、初代・加納藩主 奥平信昌の正室となり、この地にお住まいになっていたとか。かつて岐阜の中心地だった加納宿は、その当時、岐阜の中心地として栄えていたのです。
→→→ 【河渡宿】へ
次に向かったのが【河渡宿】ですが、中山道を西へ進み、長良川を渡ってすぐに宿場はあります。今はほとんど面影を留めませんが、地形的に人為的に造った跡が見られ、とても距離が短いのが特徴です。
ここでふと考えました。何故に“東海道線”なのだ?明らかに“中山道”に沿って走っているのだから、“中山道線”と名づけても間違いではないはず。ご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えていただきたい。
広がって行く田園風景を観ながら進むと、中山道跡地として整備された公園があって、地元の方々に愛されているのが良く分かりました。これも自転車でないと見過ごしてしまいます。
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中山道跡地
瑞穂市内の中山道は、幕府へ降嫁された皇女和宮の遺徳をたたえて建設された呂久の「小簾紅園」から揖斐川の「呂久の渡し」、田之上(新月)にある鎌倉時代後期の自然居土作の千躰仏をまつった千躰寺、天保四年創建の美江寺千手観音堂前、美江寺宿の本陣跡地、明治三十五年再建の美江寺観音、明治十四年改名の美江神社を経由したのち、五六川を渡り、高札場跡地、寛文十年設立の本田代官所跡地、文化六年建立の本田地蔵堂(延命地蔵)がある本田地内を通過し、河渡宿(岐阜市)に通じていました(略)
今度は揖斐川を渡ることになります。この後も何度も川を渡るのだが、広大な大地と木曽三川を抱える濃尾平野があったから、この地域が発展したのだと実感させられますね。
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橋を越えて一旦、穂積駅に立ち寄って水分補給をして、おトイレを借りてから再出発!Google先生に導かれながら進んでいくと、早速、橋の向こうに何やら白く雪化粧した山並みが見えてきました。
■おっ!あれは伊吹山か?
少しでも近づこうと、思わずペダルを強めに踏みました。どんどん存在が大きくなってきます。子どもが小さい頃、自動車で、家族揃って頂上まで行ったことがありましが、この雄大な姿をこんなに間近に見たのは初めてでした。まさにこの地域の方々にとっては霊峰です。
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→→→ 【美江寺宿】へ
さらに自転車を走らせて【美江寺宿】へ。ここは歴史的な出来事を象徴する場所があります。江戸時代末期の公武合体で、徳川家に嫁ぐことになった皇女 和宮様が休憩された小簾紅園(おずこうえん)があります。
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落ちて行く 身と知りながら もみじばの
人なつかしく こがれこそすれ
和宮様の悲しくて、寂しいお気持ちが、伝わってくる歌ではないでしょうか。
→→→ 【赤坂宿】へ
そして平野井川を越えて【赤坂宿】を越えた先に、伊勢街道との分岐点がありました。
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左へ(南)行くと伊勢方面へ
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何とか夕方前に垂井駅に到着。今日はここまでで、次回以降、【垂井宿】からツーリングを再開することにします。
旅の初日とはいえ、この地域に暮らすものとして、あまりにも知らないことが多く、とても新鮮でした。合理的で機能的なものは必要ですが、時間の流れが調節できたら、人生も生き急ぐことがないのかも知れないと感じました。
今日はJR東海道線・垂井駅から輪行して電車に乗り込み、岐阜駅で高山線に乗り換えて鵜沼駅まで戻ることにしました。
では、またお会いしましょう!
--- 次回、垂井宿から-----