ガン横の2.3分程で読める短編恋愛小説最終章2
妻が死の直前に書いた手紙にケンジは目を落とした。
「あなた・・・
これがわたしがあなたに送る最後の手紙になります
今まであなたに言ってなかったことを洗いざらい言います」
ケンジはこの手紙の序章を見て息を呑み込んだ
「おい、おめー」
おい、おめー?ケンジは一瞬自分の目を疑った
「いい大人が何も出来ねぇってどういうことだよ、なんでトイレの漂白剤を食器に入れちゃうんだよ、なんとなくこれは危険だとか分かるだろ、なんでわたしがこんなこと事細かく注意書きしなきゃなんねーんだよ」
あの優しい聡明な妻がこんな乱暴な言葉を使うはずはない!脳が狂って勝手に変換してしまったに違いない
「なぁ、風呂上がった後身体拭かねぇーでびちゃびちゃ廊下に水垂らしながら歩きやがって、川で泳ぎたての子供かよ」
やはり脳は狂ってはいないようだ
正真正銘妻が書いたものだ
ただ文字は美しい
「トイレ入ったらあれほど座ってしろよって言ってるのに立ったままして便器の外に撒き散らしやがって、おめーは妖怪小便撒き散らしか
あと飯食うときの咀嚼音な
ぴちゃぴちゃなら分かるよ!ききゃききゃききゃってなんだ、どっからその音出してんだ!
気持ち悪い」
ケンジは意識が遠くなるのを覚えた
こんな言葉遣いしたことも聞いたこともないのに
「洗剤も使えない、身体も拭けない、小便もまともにできない、咀嚼音は謎、おまけに仕事はすぐ辞めてくる、おめーわたしのへそくりから金抜いてんのしってんかんな
1万、2万とかならまだしも10万づつ抜くってバカか、すぐバレるだろう」
確かに!とケンジは思った
「いいかあなたの背中に包丁を傾けたことは一度や二度じゃねーからな!百度はあるよ!
何も気づかねーで平々とナイター見やがって、おまえ野球のことなんも知らねーだろ」
確かに!とケンジは思った
「死ななかった事が奇跡と思えよ、嗚呼なんであなたよりわたしの方が先に死ぬのよ
あなたが先に死んだ方がいいに決まってるじゃないの!遺産残さないで、あなたが残してくれたものは心配だけじゃないの!
ねぇ心配で心配でたまらないじゃないの!どうやってあなた一人で生きていくの?
いつも気がかりで、そんなあなたが愛おしくて、なんだかんだで充実した人生だったじゃないの」
妻の文字が徐々にミミズが貼ったような弱々しい文字になっていく
急に解読が難しくなっていく
ケンジ目を細め丹念に言葉を追った
「実はわたし、別のヘソクリがあって、それであなたに最後の贈り物をするわ、最後のわたしの我が儘だと思って大事にしてください、、さよう、、、」
手紙が終わった
2文字足らなかったがもはや2文字はいらなかった。
贈り物?
なんだろう?
ケンジは手紙を握りしめその場に倒れしばらく呆然と天井を眺め妻の贈り物とはなんなのか考え、そのまま朝を迎えた。
ホーホー鳥が朝の知らせをしているとそれに反響するかのように家のチャイムが鳴った。
そのまま居留守を使おうか迷ったがしつこく鳴るのでケンジは重い腰を上げ玄関に向かった。
玄関を開けると、そこには初老の女性とその隣には女性に手を引かれた気の弱そうな少年がケンジの眼前に立っていた
「您从妻子那里收养的」
初老の女性が少年に何やら中国語なるもので語りかけている
「你爸」
どうやら少年も中国語のようだ
「谢谢啦」
初老の中国語が止まらない
「老爸」
少年も何かを納得したようだ
「この子は中国の孤児で」
急に日本語になった
「奥様からあなたにこの子を養子に預けるよう頼まれました」
「えっ!?」
驚くには無理もない
「手続きは奥様から全て済んでおりますのでどうかこの子をよろしくお願いします
是的,好房子」
少年に中国語で一言添えるとそのまま初老の女性は立ち去ってしまった
何がなんだかわからぬままケンジと少年2人だけになってしまった
少年は伏し目がちな目をケンジにピントを合わせている、ボソボソと何かを言っているが聞き取りづらい、耳を近づけてみる
「你是我爸爸」
「ん?」
「你是我爸爸」
何を言っているのかさっぱりわからない
ケンジは携帯の音声翻訳機のボタンを押す
「你是我爸爸」
翻訳機が少年の言葉を翻訳する
「あなたが僕のお父さん?」
と言っていたようだ
妻の贈り物ってこれか・・・
ケンジは少し考え言葉を吐いた
「そうだよ」
携帯翻訳機音声が日本語を変換して
「没错」
とAIは喋った。
少年はケンジに少し笑みを浮かべ手を差し伸べた
ケンジはその手を受け取り玄関の中へ少年を引き入れた。
この子にまず麻雀を教えよう、そう思わずにはいられなかった。