メルテンスの淑女【逆噴射小説大賞2024応募作】
最初の悲劇は、例大祭から僅か2日のこと。
雨の近づく気配がする日だった。
私が生まれた小さな集落には、店と呼べるものがなく
屋根つきの移動販売の軽トラが、のろのろ家を回る位だった。
店主は気前のいい若い男で、
当時小学生の私が学校帰りにすれ違うと、
「お母ちゃんには内緒だ」と言って、こっそり菓子やジュースをくれる、兄貴分的な存在だった。
参道のど真ん中
血の気が引いた真っ青な顔で倒れていた。
不憫だったのは、祖母がそれ以来「逢魔時が来た」と言って、日没前には畑仕事を途中で放り出し、部屋にこもるようになった。
大人からは、口を揃えて「決してこの事を外に漏らすな」と言い聞かされた。
箝口令のつもりだろうが、当の私たちはこの話題で持ちきりだった。
祭りの後、巫女さんと二人で境内に入っていくのを見たぜ。
付き合ってたの?
チジョーのモツレってやつ?
神社には住み込みで巫女をしている親子がいた。
娘は高校生くらいの子だった。
男女の色恋の何たるも知らぬ年頃だったが、
神社の脇を通る際はいつも、道端を箒で履く彼女がいないか期待していた。
目が合おうものなら、パレードの先導に立って手を振るスターのような心持がした。
私は気になって、とうとう大人の言いつけを破り神社に向かった。
「ここへ来るなって言われなかったの!?」
祭りの日の淑やかな神楽舞の雰囲気からは想像つかない力で手を引っ張られた私は、あまりのことにスッ転んでしまった。
年相応のカッコつけに失敗したその情けなさに、生命線むなしく恥も相まって私はわんわんと泣いてしまった。
そのことで我に返った彼女は、咄嗟に「ごめんね」と何度も誤ってくれた。
その時の彼女のどうにもやり切れないという悲痛な瞳が、
涙のその奥に広がる、
果てが知れぬ宇宙のような。
そうか、これは慈愛ではないのか。
全てを見透かした存在。
――私は彼女の瞳に狂わされたいと思った。
そして今、あの日の瞳のままの彼女が、私の前に現れた。
【続く】