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空くじなし(#シロクマ文芸部)
『紅葉🍂からくじなし』というポスターが目に入った。
今日は妻の付き添いで、地元の公園で開かれているフリーマーケットにやってきた。
妻は嬉々として出店されているお店を渡り歩き、雑貨などをメインに物色している様だった。
私は特に欲しいものもなく、手持ち無沙汰と人混みに早くも疲れを感じ、居場所捜しに注意を注いでいた。
そんな時に目に入った『紅葉🍂からくじなし』のポスターだ。
店主は白髪の老人でベレー帽を被っていて芸術家のようにも見えた。
テーブルにガラポンくじ器を置いただけのシンプルな店構えで、商品らしきものは何も置かれていない。
ちょっと興味が湧いてきて冷やかし半分、店主に声を掛けてみた。
「何が当たるんですか?」
「それはやってみてのお楽しみだよ」
店主はニヤリと笑って「からくじなしで1回1万円」と告げ、私の表情を伺っている様だった。
1万円は高い。しかも何が当たるのかさえも分からないのでは、1回やってみようという気も起らない。
それなのに自信満々のようにも見える店主の佇まいには一点の曇りもない。
「1万円というからには、1等賞には凄いものが当たるんしょ?」
少し探りを入れてみる。
「あなたにとって凄いものですよ」
僕にとって?
「やった人いるんですか?」
「いますよ」
「何等まであるんですか?」
「空くじなしで、1等から3等まで」
「3等は何がもらえるんですか?」
「あなたにとって3番目に凄いものですよ」と、店主の表情はいたって真剣だ。
雲を掴むような話だ。詐欺ではないかという疑惑が頭をよぎる。
「あなたは初対面の人でも、その人にとっての凄いものがわかるんですか?」
「ええ、もちろんです。でもくじを引いて初めてわかるんですよ。だから今はわかりません」
落ち着き払った店主の言葉には、嘘を言っている様にも思えないが、くじをやったとして、僕が凄いと思えなければ店主の張ったりだったということになる。それで今までトラブルになったこともあったんじゃないか?
色々考えたが、1万円でくじをやれば、店主の張ったりなのかどうかも見破ることが出来るし、僕の凄いものとは何だろうという、そもそもの疑問も判明する。
1万円を捨てる覚悟で1回やってみるかという気持ちに傾いていた。
「あなた、何をやっているの?」
妻がフリマ会場をひと回りして、ショッピング欲がみたされたのか、いくつか買い物袋を抱えて近づいてきた。
「1回1万円の空くじなしなんだって、凄いものが当たるらしいよ」
「そんなの、何が当たるかもわからないんだもの。1万円も使えないわ」
妻の判断は常に早く、しかも正論だ。
妻に引っ張られる形で車に乗り込み、家路についた。
道中の車内で助手席に座った妻が、手に入れた戦利品を誇らしげに見せびらかしている。
僕は1万円のくじをしなかったことに、少しばかり後悔していた。
「あなたは騙されるところだったのよ」と妻は言うが、もしかしたら自分でも知り得なかった凄いものを手に入れるチャンスだったのかも?と思えてならない。
自宅のリビングでテレビをつけると『なんでも鑑定団』をやっていた。
妻がさっそく手に入れたブランドもの(と思える)のカップでコーヒーを淹れてくれた。
妻にとっての凄いものとは、お買い得だったこのコーヒーカップだったのだろう。
結局のところ鑑定をしない限り、本物かどうかなんてわからいのだ。
苦戦しました💦
広い心で読んでくださると助かります(笑)