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授業参観の日。
退院後、これまた初参加の授業参観。
個人的には、また一つハードルの高いイベントへの参加で少し緊張。
うるさかったり、大勢の人がいるわけではないけど、顔見知りのお父さんお母さんがそこにはいらっしゃって、顔を合わせればきちんと自分の状況を過不足なくお伝えしなければいけない。
なんでもない、大丈夫です、と伝えるのは簡単だけど、実際にはそうではない。かといって、事細かに伝えるのも相手にとっては単なる子供の同級生のご両親である。負担になってしまう。
どうしたもんかと困っていたら、きちんと伝える時間を作らせてもらおう!と妻が答えを出してくれた。
同じクラスのお父さんお母さんは、これから浅科にいる限りお付き合いしていく関係性のみなさん。うちは、今年はこともあろうか学年部という役員をしている。授業参観後の懇談会では司会もやらなくてはいけない。今年は僕の事故があって以来、妻が代わりに学年部の役目をやってくれている。
そんな役回りのおかげか、僕自身が事故でいなくなった経緯、そして退院して日常生活に戻って来れたこと、今の生活をどう送れているかその症状もクラスのみなさんにお伝えする機会を、自分たちが懇談会の司会をする際に作ることができる。
僕にとってみても、高次脳機能障害のせいで笑ってはいけない場面でどうしてもお腹を抱えて笑ってしまう瞬間がある。それに、音楽会の時のように、知らない人に囲まれるような機会があるとクラクラしてくる。この代表的な症状だけでも、みんなに理解してもらえれば、僕も気が楽になる。
授業参観が始まった。近所の友人たちもいてくれて気持ちは楽だ。
娘は真剣に授業を受けている。ここで笑いが出てしまう。理由もなくおかしさが込み上げてしまう。でも、そんなこともあろうかと、マスクをしてきた。腕で口を覆って、必死に笑いを抑え込む。途中何度か娘と一緒に授業の中で話し合うような機会があって、それも無事に終えて授業参観は終わり。
続いて人権講演会。体育館に移動して1時間の講演会を聞く。
講演会に移動する際に僕はトイレに行くことにした。それまでずっと妻と一緒だったのだけど、トイレから出て、体育館まで移動したら妻がいない。探しても探してもいない。加えて役員としてやらなくてはいけないこともある。今思えば、別の役員の方に話しかけて自分の役目を聞けばいいのだけど、それもなぜかできなかった。情けないことに、妻がいないとどうしたらいいのかわからない。講演会も始まると思って着席して、またウロウロ歩いて。すると妻が体育館に来てくれた。これで一件落着。講演会を終始感心しながら聞くことができた。
いよいよ学級懇談会。
予定通り妻が司会をする中、隣に座って様子を見させていただくことにする。途中、お時間をいただき自分の症状について簡単に説明させていただくことができた。友達も補足するように説明を加えてくれて、本当に助かった。先生にも入院中からご心配をおかけしていたけど、直接顔を見て伝えることができた。
一つまたランクアップ!