まると円盤のお月見団子
エアコンの風がやけに肌になじまず目が覚めた。
携帯を覗くと、23時ちょっと過ぎ。
明後日のような、明々後日のような方向で、子供は静かに寝息を立てている。
窓を開け、夜風を入れようとする右腕に、
ほの白い月の光がすっと降り注いできた。
なんとなくそれが見たくなって。
気怠い体を半ば無理やり動かし、目をやると。
煌々と静かに輝く月が、随分高い。
周りには、月の光を受けて浮かぶうろこ雲。
姿の見えない虫たちが時折、あちらこちらで新しい季節を奏でている。
ー 綺麗な夜だなぁ
窓の向こうに広がる幻想の風景から目が離せなくなって、まだまだ気怠い体を壁に委ねた。
こうして、ゆっくりと月を眺めるのはいつ以来だろう。
それを思い出すことすら、この頃は相当難しい。
月の光は、冷たいような、優しいような。
でも無性に心地がいい。
目を閉じて、すーっと 息を深く吸い込む。
- そういえば、深呼吸なんてしてないな
時間に追われ、タスクに追われ。
最近呼吸がやけに浅い。
そんなことにも気づかないでいた私に、
『まあ、たまにはのんびりしなよ』
この日の月はそう語りかけてくるかのように、ただ穏やかに佇んでいた。
*
ぼーっと月を見ていると、何故か懐かしく、
幼い頃を思い出した。
県境の里山に囲まれたふるさとは、季節とともに生活があった。
秋には、ハロウィンなんかじゃなく、お月見。
家の畑でできたさつまいもと、その隣に自生するススキ。
裏庭で採れた柿と栗。
家の田んぼで育てたお米の粉から、おばあちゃんとお団子を作ってお供えをするのが定番だった。
米の粉に熱湯をかけ、ペコちゃんのようにペロッと小さく舌を出しながら、おばあちゃんはリズミカルに手早く生地を一つにまとめる。
「熱くないの?」
「ばあちゃんの手は強いから大丈夫なんだよ」
おばあちゃんの手は、小さくて、ふくよかで。
指の節が太くて、指先は農家の誇りのような土の色。
左手の薬指には、ちょっと不釣り合いにも見える綺麗な金色の指輪をしていた。
すぐにきれいにまとまった団子の生地を、適当な大きさにちぎって私の手のひらにひとつ。
おばあちゃんの手のひらには、二つ。
両手で包んで、一生懸命丸める。
出来上がったのは、真ん中が出っ張った円盤型の団子。
おばちゃんの手のひらからは、綺麗な丸い団子が2つ。
何度やっても、おばあちゃんのようなきれいな丸い団子にはならない。
おばあちゃんは、器用にくるくるっと、あっという間に更に2つ。
「なんでばあちゃんはきれいに作れるの?」
「ふふふっ。なんでだっぺねぇ」
そんなかわいい返事をしながら、おばあちゃんはお月見の意味も教えてくれた。
蒸し上がったつやつやのおばあちゃんのお団子は、本当に満月そっくりで。
でもおばあちゃんは決まって、私のいびつなお団子をお月さまにお供えしてくれた。
*
今では私もきれいな丸いお団子を作れるようになったけど。
おばあちゃんのように要領よくはいかない。
おやつに作ってくれた、味噌醤油味の三角焼きおにぎりも。
塩加減と硬さの加減がちょうどいい、形の大きなすいとんも。
青紫色が鮮やかに輝く、茄子の丸漬けも。
おばあちゃんを真似して作ってみるけど、どうやったっておばあちゃんと同じにはならない。
「なんでばあちゃんはきれいに作れるの?」
そっと、月に向かってささやく。
今日の月も、おばあちゃんのお団子のように綺麗な真ん丸だ。
雲の上のおばあちゃんからも、同じ月が見えているのかな。
ふと、おばあちゃんに会いたくなった。
*
ふるさとを離れ随分経った今。
不自由だった田舎の生活が、そういえばとても豊かだったと気が付く。
小正月には、色とりどりの餅花を作り飾ること。
田植えの日。神棚に一握りの稲の苗を供えること。
初めての実りは、まず仏前に供えること。
月に実りを捧げ、感謝する事。
全部、おばあちゃんが生活の中で教えてくれた、大切なこと。
私たちは、自然に、沢山の命の下に、生かされている。
だから感謝の心をわすれないようにね。
おばあちゃんが伝えたかったことの一つの真理を今、月を眺めて思い出す。
今年はお月見団子、作ろうかな。
さらに遠くで寝息を立てるこの子の手のひらからは、どんなのができるんだろう。
実りに感謝しつつ、おばあちゃんに見せたいな。
いつも空から見守ってくれている、この子のつくったお団子を。
*
月の光を浴びながらそんなことを考えいてると、気怠かった体がなんだか軽い。
そうか。
本当に気怠かったのは。
体じゃなくて、心だったんだ。
物理的な便利を手にした分、心の豊かさを、丁寧な生活を、いつの間にか一つ、またひとつ。
どこかに置きざりにしてきた。
今では、目の前のタスクをこなす事にばかりに懸命で。
心の豊かさは、生きる根っこ。
ちゃんとお水をあげなきゃね。
月は更に高く、うろこ雲は月から少し離れ始めた。
次に会う満月は、おばあちゃんの話をしながら、子供と一緒に眺めよう。
おやすみ、またね。
ありがとう。お月さま。