乳がん患者さんへの卵巣刺激法の比較
乳がんの多くはホルモン受容体陽性乳がんというもので、
月経周期ごとにアップダウンしている、エストロゲン、プロゲステロンに反応するように大きくなることがわかっています。
エストロゲンは卵胞ホルモンと呼ばれるように、発育した卵胞から分泌されます。
将来の妊娠のために、卵子や受精卵を凍結するときには、必ずと言って良いほど、「卵巣刺激」を行い、一度に多くの卵子を得ようと試みます。
卵子1つあたりの妊娠率は5-10%程度と考えられているので、卵子凍結あるいは受精卵凍結あたりの妊娠率を高めるためには、一度の手術で多くの卵子を得ることが必須条件だからです。
ただ、その時、多くの卵子が育つということはその分エストロゲンの値が上がってしまうということです。
実際に卵巣刺激中にモニターしていると、発育卵胞あたり200pg/mlと考えられており、1個であれば200、10個であれば2000というふうに上がっていきます。
これでもし、乳がんが悪化したら身も蓋もないということで、卵巣刺激に工夫が施されるようになっています。
1回の採卵でできるだけ多くの卵子を得つつ、エストロゲンを抑制するために、国内では一般的にレトロゾールというお薬を併用します。
それによって、エストロゲンを抑制しながらの多くの卵子が得られるという報告がされています。
さらに、今回紹介する論文は、ここにホルモン療法で使用することで知られるタモキシフェンを用いたものです。
乳がん患者さんへの卵巣刺激の必須要件は、
・エストロゲンを抑制できるか
・多くの卵子を得られるか
というこの2点の両立です。
卵巣刺激をしてエストロゲンが上昇したことで、乳がんが悪化したという報告も見たことはないのですが、何より妊孕性温存は原疾患治療、患者さんの健康が一番に考えられます。
そのため、この研究でのポイント(背景)は、
タモキシフェンまたはレトロゾールを追加した卵巣刺激は、妊孕性温存を受けている乳がんの女性の標準的な卵巣刺激と比較して、回収された卵丘-卵母細胞複合体(COC)の数に影響するのかどうか。
ということになります。
薬剤の機序としては、ホルモンの抑制はできると考えて良いので、
卵巣刺激がうまくいくかどうかという点がポイントです。
この試験は2014年1月から2018年12月の間に、オランダの10病院とベルギーの1病院で実施されました。
1.排卵誘発剤とタモキシフェン
2.排卵誘発剤とレトロゾール
3.標準的な排卵誘発剤
のグループに分けています。
ランダム化は、1:1:1の比率でウェブベースのシステムを使用して実行されており、162人の女性が3つの介入のうちの1つにランダムに割り当てられました。54人がタモキシフェンを加えた排卵誘発、53人がレトロゾールを加えた排卵誘発、55人が標準的な排卵誘発を受けています。
結果としては、
回収された卵子の数の平均(±SD)数にグループ間の違いは観察されませんでした。
1.卵巣刺激とタモキシフェン:12.5個、
2.卵巣刺激とレトロゾールの後で14.2個、
3.標準的な卵巣刺激の後で13.6個
で、平均差- 1.13となり、有意差を認めませんでした。
つまり、タモキシフェンやレトロゾールを用いても、十分に安全性を保ちながら、有効な卵巣刺激が実現できていると主張しています。
この結果自体は、日本国内でも数多く報告されていますので、驚きはなかったのですが、タモキシフェンを用いるというのはあまり聞いたことがありませんでしたので、新たな発見です。
卵巣刺激を行った方の1名がOHSSのために入院したという有害事象がありましたので、この点は注意が必要です。
また長期的には妊娠率・出産率まで追跡できていくとより良くなるのだと思います。