受精卵凍結でできたこと
マクロミルさんの企画のタイトルにひかれてエントリー。
僕自身がとても覚えている誰かの役に立てたことは、自分のライフワークである妊孕性温存の情報提供を通じてのこと。
大変な乳がんに罹患された女性に情報提供をしたときのことです。
積極的な女性で、がんに罹患したあとも仕事もゆるめず、自分でもガンガン情報を調べているような方でした。
はじめは、渋々な感じで情報提供を受けてくださいました。
僕から見たときの彼女は、とても張り詰めていて、少し誰かが針をさせば破裂してしまうように見えていました。
また、もっている情報もかなり不確かなものでしたが、とてもエネルギーのある方でしたし、私は掛ける言葉がわかりませんでした。
はじめにかけた言葉
言葉に窮した私は、
「大変でしたね」
と声をかけました。声をかけたというか、その言葉しか出なかったという方が正しいです。
しばらくの間があり、彼女は電話越しにでもわかるほど、涙を流されていました。
当事者じゃない私には、知ったような口を聞くことなんてできないし、そんな中で出てきた挨拶でした。
でもそこから彼女はとても素直に話をしてくれましたし、聞いてもくれました。
誰にでもいいわけじゃないと思いますが、私はこのときからひとりひとりの患者さんの病状やお仕事のことを想像して、大変でしたね、と心から言えるように準備をしています。
このときは相手の感情が僕に入ってきてしまって、僕自身も涙をしてしまったことを覚えています。本当に未熟者です。
情報提供で間違いを正していく
情報提供をしていく中で、彼女の持っていた情報を正確な情報に直していきます。
人の認識を変えることは、難易度がとても高いものですが、お互いに涙をしてしまっていたので、不思議とゆったりと一つずつを置き換えることができました。
僕が昔仕事で教わった好きなフレーズに
Unfreeze⇛Change⇛Refreeze
というものがあります。
人の認識や気持ちは、多くの場合、固まった状態です。
それを力づくで変えようとしても変わらないし、無理にやれば相手を壊してしまいます。
そのため、時間をかけて溶かし、その上で形を変えて、一緒に固めていく。
これは情報提供でもとても大切なことだと思っています。
妊孕性温存を実施することを意思決定する
この方は、結婚されていたのですが、まだお子さんがいらっしゃらなかったので、受精卵凍結をしようと意思決定をされました。
旦那さんも快くサポートしてくださったのを覚えています。
このとき、何度もお礼を言ってくださったことが僕の原風景として残っています。
心から、「ありがとう」って言ってもらえることはとても嬉しいなと。
まさかの展開に
時を経て、乳がんの治療を終え、主治医の先生の許可もあって、妊娠を希望され、もう一度病院に来てくださいました。
調べてみると、まだお若いのに、卵巣の機能はかなり低下した状態でした。
受精卵を迎えに行きましょうね、とそんな話をして、またこのときにもお礼を言われました。
しかし、次の月、驚きの連絡が入りました。
「自然妊娠しました!」
というのです。
これには私もとても驚きましたし、喜びが8割と戸惑いも1割くらいありました。
受精卵凍結、意味なかったかなって思ったのです。
その後の経過もよく、無事に妊娠・出産されました。
お手紙をもらう
1年ほどたったとき、この方からお手紙が病院に届きました。
受精卵の凍結を更新せず、廃棄してほしいという内容でした。
もともとお子さんはお一人でとお考えでしたので、全く問題はないのです。
ただ、もう一言添えられていました。
「私達のたまごちゃんがいてくれたおかげで、辛い治療もがんばれたし、ここまでやってこれました。本当にありがとうございました」
とてもこの言葉が嬉しかったですし、救われる思いがしました。
同時に、医療の価値は医療者が決めるものではないと思ったのです。
患者さんの人生への意味付けは患者さんが最終的に行うものなんだなと思いました。
それ以来、僕は患者さんに提案することはありません。主役は患者さんだからです。
患者さんがしたいこと、患者さんの人生に耳と心を傾けることが、どれほど大切か、この方たちが教えて下さいました。
人の役に立つことで、僕自身が誰より救われている。だからまた人の役に立ちたいと願って努力を続けるんだと思います。
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