乳がんの基礎知識について
妊孕性温存を考える上で、現実的に最も多いのは、乳がん患者への妊孕性温存の適応ではないかと思います。
そのため、生殖補助医療者も乳がんについての一定の理解がなければいけません。
がんであることが発覚してから、治療開始までは比較的時間があると考えられるケースでも8週間程度と考えられ、治療に対しての意思決定は短い期間での決定が求められます。
医療者によっては血液疾患のことなども熟知している方も多く、
「乳がんは時間があるからね」と言いますが、それはあくまで相対的な話であって、患者さんの立場からすれば時間はありません。
乳がんの治療方針の決め方
ここでは、基本的な乳がんの情報をまとめて解説します。
乳がんは年間に約90,000人が新たに発症していると言われており、どちらかというと高齢な方がかかる疾患です。
割合として低くても、母数が大きいため、患者さんの数としてはAYA世代の方でも相当数となります。
医療者の側から見ると、患者数がとても多く、AYA世代自体が希少な存在ですので、なかなか対応に手が回らなかったり、妊孕性温存まで話しきれるという医療機関は多くはない印象です。
乳がんの治療方針は病期(Stage)とサブタイプにて決定される
乳がんにはいくつかの分類があり、その分類ごとに治療方針が異なります。
病期の分類:TNM分類
T(腫瘍を表す英語のtumorの頭文字で、腫瘍の進行度を示す)
N(リンパ節を示す英語lymph nodeのnodeの頭文字で、リンパ節転移の有無を示す)
M(転移を表す英語metastasisの頭文字で、リンパ節転移以外の遠隔転移のこと)
現時点は上記の表におけるStageⅠ-Ⅲまでが妊孕性温存対象となります。
また乳がんでは、このステージに加えて、がん細胞の特徴を元にサブタイプ分類というものを行います。
各サブタイプに分類するために、がん細胞の増殖に関わるたんぱく質で、ホルモン受容体、HER2たんぱく、Ki-67という要素を調べます。
ホルモン受容体
乳がん細胞に、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体のどちらかが現れていれば、ホルモン受容体陽性乳がんです。
エストロゲンがホルモン受容体と結合すると、がん細胞の増殖が刺激されることから、エストロゲンをブロックするホルモン療法が行われます。
生殖補助医療の観点では、
エストロゲンを増加させる卵巣刺激法が困難ではと考えられてきましたが、
今ではエストロゲンを高めずに卵巣刺激を行う方法が確立されていますので、ご安心ください。
HER2たんぱく
HER2たんぱくには細胞の増殖調節などの信号を細胞内に伝える役割があり、細胞の表面に存在しています。
過剰に存在すると、細胞増殖をコントロールできなくなるため、がん細胞も過剰に増殖してしまうことになります。
(=つまり、がんの悪性度が高いということ)
乳がんの2割弱がHER2たんぱくが過剰に表れています
Ki-67
Ki-67は、細胞増殖の指標となるたんぱくです。
陽性/陰性ということでなく、割合で表現され、
明確な閾値はないもの、30を超えると高値であることは一定のコンセンサスが得られているようです。
乳がんにおいてもKi-67の割合が高い場合は、増殖する能力が高く、悪性度が高いことで知られています。
こうした情報をまとめて一覧で表現すると、以下のようになります。
がんの治療医の方にとって基本的なことが、患者や生殖医療従事者にとっては当たり前ではなく、こうした理解の齟齬や不足は、患者の意思決定支援にとって障壁となる可能性もあります。
そのため、患者さんはもちろんですが、相互の医療者が手を取り合って連携を築いていくことが患者さんの意思決定支援の礎として必要です。
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