卵巣凍結で出産のニュースに思う。
そう来たか。
そんな思いで、Yahoo!ニュースを見ていました。
僕にとっては、パワーワードだらけのこの見出し。
僕が所属するクリニックは、この道の専門クリニックです。
そして、ここで報告されている大学病院とは違うメソッドで、卵巣凍結を行っているので、個人的な感情が一切ないとは言えないのですが、
やはりこの報道に対しては強く疑問を感じてしまいました。
僕が感じている疑問を書いてみたいと思います。
1.卵巣凍結の評価の難しさ
少し専門的な話となります。
がん治療前に卵巣を摘出して凍結し、がん治療終了後に融解して移植する、
これが卵巣凍結-凍結卵巣融解移植ということなのですが、
この治療によって妊娠したかどうかを評価するのはとても難しいです。
他の妊孕性温存であれば、卵子凍結、受精卵凍結、精子凍結があります。
卵子凍結は、融解して、受精させ、受精卵として子宮内に移植します。
受精卵凍結は融解して、そのまま子宮内に移植します。
精子凍結は、融解して、受精させ、受精卵として子宮内に移植します。
このように他の妊孕性温存はすべて体外受精の技術を用いていますので、
「この受精卵で妊娠した!」ということの判断がしやすいのです。
では、卵巣凍結はどうか。
国際的な報告を見ても、融解卵巣移植後は自然妊娠が多いことが知られています。
そうなると、「本当に融解した卵巣から排卵をして、移植したの?」という疑問が残ってしまうわけです。
なので、多くの国の初めての出産報告などの論文を見ると、
患者さんが閉経状態であることを確認した上で、移植して、その後自然妊娠した、とか、体外受精を行って妊娠した、というような報告をしていますが、今回の報道にある施設の報告を見ていると、その点が必ずしもクリアじゃないのです。
むしろ、がん治療後、標準的な月経サイクルがある方に移植していることが多いので、その点での評価がとても困難です。
もう一つは、融解後、排卵をするに至るまでには、一定の期間が必要であり、5ヶ月程度はかかるだろうとされていますが、妊娠報告の中にはもっと短い期間での妊娠が含まれている点も疑問に感じてしまいます。
2.凍結技術として「試験的」
卵巣凍結は世界的には既に確立した医療行為として欧米から評価をされています。
厳密に言えば、
卵巣を摘出して凍結する、という部分が確立していて、
融解して移植する、という部分はまだまだ試験的、という評価です。
もちろん人種差はあるものなので、日本人独自の検証は必要ですが、メソッドとして卵巣凍結は別に試験的じゃなくて、日本の方法が試験的なんだってことです。
そして、卵巣を摘出して凍結する、という方法は「ゆっくり凍結する」という方法が世界的な標準であり、記事内にある「急速に凍結する」というこの方法は試験的であると欧州のガイドラインでも示されています。
この点のデータは示されていないのでわかりませんが、
他の「ゆっくり凍結する」という方法での報告を見ていると、
卵巣を移植した後に、およそ4-5ヶ月後に患者さんのホルモン値に変化が現れますが、これまでの学会報告などを拝聴、拝見していてもそのデータはなかったように思います。
追加であれば、ぜひ見てみたいです。
こうした報道があった際に、国際的な情報にアクセスできるくらいの語学力はやっぱり必須だなと痛感します。
僕自身は、お子様を希望するがん患者さんがどのような形、経過であれ、妊娠・出産されたことは心から喜ばしいことだと思っていますし、こうしたニュースをきっかけにそもそも「卵巣凍結」って言葉が世に浸透することは大歓迎です。
ただ、卵巣凍結で妊娠、ということを伝えるのであれば、もう少し検証や情報の開示が必要だと思います。
読む人がこれだけの短いニュースで、そこまでのファクト検証をするのは不可能なので、報道する方には、どうかもっと広く、深く検証した上で報道してほしいと思っています。
僕にとっては、
「卵巣凍結を行っていた患者さんが出産された」が、
「その妊娠が融解卵巣組織由来であるかどうかは今後も検証が必要」と
理解しています。
最後に、このnoteはあくまでも、おちまさゆき個人の見解です。
所属施設等には一切関わり合いのないことですので、ご理解ください。