両面テープは剥がれにくい
私の同僚であるY君は、一般的な文房具について知識がなさ過ぎる。
例えば最新家電や流行のファッションについて知らないというならば、
単純に「興味がないから」という事もあるだろう。
しかし我々オフィスワーカーは、毎日指定されたデスクに座り、書類をファイリングし、未だに判子をポンポンしているのだ。
お偉いさんが言うには、テレワークやサテライトオフィスなんてカタカナ達とは業務上相性が悪いのだという。
ぐぇえ
ゲップが出ちゃいました。
数ヶ月前、彼はうちの部の備品担当になった。
もともと総務が一括して行っていた業務だが、事業部毎に発注する仕組みに変わったようだった。
「ガナリギさん、発注の仕方がまるでわからないんだけど」
彼から声をかけられてPCを覗いてみると、某オフィス用品通販のサイトが表示されていた。
「普通のネットショップと同じだよ、欲しいものをカートに入れていけばいいんだよ」
私は以前の職場でそのサイトを使った事があるので、とりあえずカートボタンの位置を指差しながらそう言った。
「いや、商品がいっぱいありすぎてわからない……」
なるほど、と思った。
確かにボールペンひとつとっても、色々なメーカーから選ぶのは確かに大変である。
「指定がないなら安いのでいいじゃん」
まあそこは適当に、という感じでアドバイスをしてみた。
彼は「そうか……」と呟くと、おもむろに定規を取り出した。
何を測るのかと見ていると、自分のデスクに置いてあるセロハンテープの幅と消しゴムの大きさを測り、なにやらメモをとった。
次に彼はルーズリーフファイルの穴を数え、ガムテープを手にとって
「ああ、粘着力……!」と小さく悲鳴をあげた。
見かねて私が「なんか困ってる?」と尋ねると
「ガムテープの粘着力って数値化されてるらしいんだよ、このガムテープっていくつ?」
知らない。
今事務所にあるガムテープの粘着力がいくつかなんて考えたこともない。
「そんなに厳密に確認したり測ったりしなくても大丈夫だよ。
心配ならある程度有名なメーカーのやつにすれば?」
私は、いつも割とアバウトな彼が、なぜこんなに神経質になっているのか分からなかった。
「ほら、ノリはヤマトでいいじゃん。アラビックヤマト、スティックタイプもあるんだね。
消しゴムはMONO、ファイルはコクヨとか」
私がそう言うと、彼はポカンとした顔をして
「メーカー?ですか?
よくわかんないけど、ボールペンは?」と聞いた。
「ゼブラとか、uniとか?」と言うと、
「ガナリギさん、選んでカートに入れてもらっていいですか?」と返ってきた。
ん〜〜〜〜〜⁇⁇
もしかして何一つ伝わってない?
いいけど、私が選ぶのはいいけど。
全然ピンと来てないんじゃない?
私は素で「お、おう……」と言って、いくつか商品を選んだ。
彼は私に軽くお礼を言った後
「ガナリギさんって文具オタっすね〜(笑)」と言った。
違くない?
そういうのって皆ある程度知ってない?
知ってるくない?
と思ったが、めんどうなのでヘラヘラっと笑って誤魔化した。
後日、上司が掲示物の前でY君と話していた。
「Y君、なんでこのポスターこんなにビリビリなの?」
掲示板には、上3センチ程が完全になくなったポスターが掲示されていた。
どうやらY君が貼ったらしい。
「すみません、このテープを貼ったら、表も剥がれて……慌てて剥がしました」
彼が手に持っていたのは両面テープだった。
両面テープをポスターの表面に貼ってしまったらしい。
「有名なメーカー?のやつなんですけど……」
は?こっちを見るな。
「ガナリギさんが、両面テープの方が粘着力は強いって言ったんで……」
そりゃ、キチンと裏に貼ったらな。
ていうかポスター貼るとか聞いてないから、どっちが強いか聞かれたから答えただけじゃん。
「ガナリギさーーん!」
上司が私を呼ぶ。
「ポスターは画鋲でいいよねえ??」
Y君の謎の言い訳に困惑した上司は、最も馬鹿げた、最も正しい事を、自信なさげに私に確認した。
「そっすね」
私はY君に睨まれながら上司に答える。
【コンプライアンスを守ろう!】
晴天の下、社員をイメージしたキャラクター達がにこやかに描かれたポスターは、青空の部分がビリビリのまま
今も掲示板に貼り出されている。
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