トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代 (2024 日本) 相原裕美
6月1日はこちら(でした)。その1
トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代 (2024 日本) 相原裕美
@ Cine Quinto, 渋谷
音楽リスナーとして、もっとも早い時期の私の後悔に、オリジナルミカバンドのサンプラザでのチケットを持っていながら行かなかったことがある。
結局オリジナルミカバンドを生で観ることは叶わず、89年バブル期の桐島かれんミカバンドで初めて生を体験することになるのだが、それにしてもずーっとオリジナルミカバンドへの思いは蓄積したまま50年も経過してしまった。
チンピラ小学生だった私は、10歳になるかどうかでゲーセンに出入りし、少ない小遣いではジュークボックス代もままならず、遊んでいるお兄さんお姉さんがコインを入れるのを待ちかまえ、複数曲が選択できる50円玉を入れると1曲だけ選ばせてもらって、「帰って来たヨッパライ」や「あの素晴らしい愛をもう一度」そして「走れコータロー」「遠い世界に」をかけた。
加藤和彦の名は、私のリスニングヒストリーに必ず付いてまわった。
たった2時間で彼の歴史を総括するんだから、内容については文句を言うまいと決めて、この映画を観た。
でも、必要充分な内容だったと思う。
ギンガムのことも盛り込まれていたし、レゲエについても触れられていた。いかにグローバルな視点で音楽を創作していたか、端的ではあるが不足はあまりなかったと思う。
私が知るかぎりにおいて、音楽業界に残した彼のいちばん大きな功績のひとつがPAシステムを日本に根付かせたことだ。
彼は天才的クリエイターでミュージシャンであることは承知の上で、敢えてこの点を上げておきたい。
彼がやらなくてもいずれ、という考え方は100%ありえない。ギンガムあってこそだ。
もうこれだけで、この映画は信頼するに値する。
そしてもうひとつが英米以外の音楽への視点だ。
この映画でいちばん驚いたのは、泉谷しげるとの交友。
Reggaeの読み方さえわからない時期にこのサウンドはさすがだ。
これを知ることができたのはうれしい驚きだった。
つのだ☆ひろをはじめ、ミュージシャンにとどまることなく、あらゆるスタッフ、クリエイターに音楽どころかライフスタイルにまで大きな影響を残した彼が再評価されることは、諸手をあげて喜ぶべきことだ。
学校の合唱コンクールでしか彼の音楽に触れていない方々が、日本のポピュラーミュージックのイノヴェイター加藤和彦の存在を知るガイドが生まれたことを、心から歓迎したい。