双極性鬱障害。これが私の病名だけれど、CBT(行動認知療法)を使ってよくしようとしている。認知の歪みを取ることによって、自身の気持ち(脳の理解を正す)に作用する事を正そうという治療法です。 長くなるかもしれないけど、やれる事をやれるだけやってみようと思います。 こんな病状にした会社は許さないけど、許さないから治るわけでもないので頑張って治療を続けていく所存です。 とりあえず今は、過去の事例を繰り返さない事。 BDIをつける事。嫌なことがあったらちゃんと日記のようなものをつける
池袋に池ハロを見に行ってきた。 日々仕事終わりにコツコツと作業したんだろうな〜って気持ちと色々解釈もあるなーって思いながら見てた。 解釈と気持ちは違うな〜って思いながら見てた。 みんなすごいよね。 とりあえず今は友達の家の猫ちゃんを預かってるけど足がズタズタになりました。 とりあえず今日はここまで
認知行動療法をご存知だろうか。 双極性鬱障害などに用いられる手法で、行動と認知の歪みを取ったり行動を見て対処などを考えるという治療の仕方。 何が嫌だったかとか、何が悪かったとかを対話によって目に見える形で整理して行う治療法でBDIというものがる。 行動がこうなったらこう、みたいな対処法を取ったり点数をつけて今どう言う状況なのかを数値化して自分の気分の波をつけていくっていう方法らしい。昨日よりは気分が軽いけれど、50点を目指して頑張って生活していきたい。 Shrinkというド
たまにこの症状に陥るのだけど、シーシャの味が分からなくなる。 いわゆる嗅覚障害である。 食べ物の香りとかは感じるけれど、シーシャの香りが感じられなくなるタイミングがあって今またそのタイミングが来てツライ。 自律神経が良くないタイミングが巡ってきたって感じで。 仕事もまだまだ休みを貰って、悠々と過ごしてはいるけどメンタルが安定しない時の方が多く、このまま戻れるのかなんて思っている今日この頃 今日はここまで。
軽躁なのか混合状態なのかわからないけれど来年の3月ごろを目処に写真の展示をしようと思い立ち友人に連絡をしてみたところOKとの返事があり展示をする運びになりました。 今は展示の場所をどこにしようかとか色々考えているところですが、展示の題名はアメリカの早口言葉にしようかと考えています。 今日は気圧のせいか昨日の嫌な焼肉会のせいなのかわからないけれどテンションがちょっと低い 今日はここまで。
アレック・ソスの写真を見て思ったことがある。 光の加減がうまいとか、見ているところがとてもいいとかもあるけれど ソスの写真は難しい。 どこで、どのような状況で撮られているのか。 題材は何かなど考えることが多い。 今回の写真展を見ていて思うことは、日本での写真が割と多かったなと感じることと、戦争ものやはたまたクラブのようなところで撮影されているところもあった。 部屋の写真を普段撮らない私にはとても新鮮な展示だった。 普段撮っているのはポートレートが多くたまに物撮りをやるくらい
何が好きかを考えるうえで、影響を受けたものは人それぞれあると思いますが、アニメや映画。最近ではYoutubeやTikTokもその対象になっているのではないでしょうか。 好きなものを語るのに、知識や情報が必要で相手の理解できる話し方で受け入れてもらえるように話す。 自分が好きなものがすべて受け入れてもらえるわけでもないし、理解してもらえないこともある。 人によって三者三葉でディズニー作品が好き、マーベルが好きはたまたコメディ、ドキュメンタリーそれぞれある。 私は、ドキュメンタリ
自分らしい写真ってなんでしょうか。 写真の講評を数回受けたことがあり、その講評は簡単に言ってしまえば。 「下手くそ」 これが講評の簡単な結果です。 自分らしい写真とはなんなのか、2〜3年写真を撮影していても未だわかりません。 初心者脱却のために、組写真としての写真の構成を考えながら写真を撮ろうって言われました。 単調な構図、動きの少ない写真、そんな写真が今の自分の写真でした。 写真展をやろうって息巻いていた自分が突然、揺らいでしまった。 コロナで開催が難しくな
綺麗と思える写真は、どんなものを思い出すだろうか。 レンズにワセリンを塗って日の光をぼかした写真? 絞りを絞ったパキッとした写真? ボケた写真?ブレた写真? 風景?ポートレート?航空写真? 腐るのはどんな写真だろうか。腐らない写真はどんなのだろうか。 最近見た鈴木心さんの動画の中で、 「ボケた写真を撮影してる奴は、ボケてるやつ。ブレた写真を撮影してるやつはブレてるやつ。」 と言っていた。 ブレた写真も好きだし、ボケた写真も好きだ。 でも一番好きなのは程よく
新入社員として現場に配属されて約2ヶ月が経とうとしている。 元々今の職場に近いようなところでアルバイトをしていたので違和感はないのだがまず、バイト先が特殊すぎたので参考にはならないが 主に一人親方の方々に囲まれながら仕事していました。 企業に入って思う事は、やっぱり温室だなというところ。 まず、一人親方の場合、1番最初の仕事は「嫌われない」事である。 担当者に嫌われたら仕事がもらえなくなるという事。 そして、嫌われるという事は周りからの信頼が消えるという事。 企
新入社員1年目、仕事の中でわからないことなどたくさん出てくる。 自分から質問しに行くのが筋だが、分からないことがわからないと言うことも多々あるだろう。 そんな時に優しく教えてくれる大人はそこそこ信頼してもいい大人だと思う。 自分の中に信頼していい大人の基準がある。 ・ありがとうが言える ・間違えたら謝る ・横柄な態度を取らない(謙虚) 最後が1番重要である。 ・自分を一人前として扱ってくれるかどうか である。 仕事をしていく上で、何事も初めてだがそれをチャ
スナップの神!!! 最近元居た界隈の人達がスナップ写真を撮っている界隈の人をそう呼んでいる では、彼らは全世界に認知されているのか? 全くそうではないが、スナップ写真を撮るのがうまい 特に日常の友人を撮影するコトに関しては。 ポートレート系スナップと呼ぶことにする。 日常系スナップでの最高峰は、ソール・ライター、この人だろう。 この人以上に日常に目を向けた人はいないだろうし、同じ場所からの風景を観察し続けた人は居ないだろうと思う。 他にも、ヴィヴィアン・マイヤ
今年の春、大学を無事(謎)卒業してコロナによりテレワークしてやっと落ち着いてきたので仕事っぽいことができ始めた最近。 果たしてどこまでを自分の当たり前にするか。 という事をふと思った。 土日にどこかへ出かける。平日の仕事終わりにジムに行く。食事にもしてどこまで制限するのかとか。 撮影をするために土日を使う。 出かけるのを当たり前にする。 今、自分の生活スタイルを確立しないとしっかり働き始めたら何にもできなくなってしまう。 今、働いているのはお金の為じゃなくそのお
私たちは写真を撮ることを手段に、だれか顔の見えない人に写真の良さを伝えている。 しかし、写真の良さを伝えるために写真を撮影している。 なんの変哲もないことだ。 しかし、写真を撮るという行為自体を目的にしてしまっていることが多い。 「私は写真を撮る行為自体には興味がない」 拡大解釈をするとそんな感じのニュアンスだがヨシダナギさんがドラッグ・クイーン達との撮影の記事でそのようなことを言っていた。 自分が好きなものを表現するものとして、写真があるわけで。 写真があるか
敬意を払うという事はとても大切である。 相手を敬う。尊重する行為だからである。 相手からも敬意を払われたうえで関係が成立すると思う。 相手に敬意を払わない相手との会話は苦痛であると感じた。 なんだろうか、馬鹿にされ続け、否定され続けていると感じる。 しゃべっていた相手が悪いのか、そういう意図で話をしていたのか分からないが馬鹿にされ続けるのである。 非常に不快だった。 有意義な会話との境界線は敬意があるか、無いかかもしれない。 これからは、相手に敬意を持った話し
カメラをやめようと思ってはや3か月がたってしまった。 やめようと思った理由は色々あったが、ひとえに上手すぎる人がほかにもうじゃうじゃいたからである。 注目もされない、褒められない、比較で自分でメンタル削っていくという悪循環に陥ったからである。 それと就職っていうこともあって、やめる!!って言ってから3か月です。 やめられずにずるずる3か月(ポートレートは休止してた) 何もない 引っ越した先は何にもなく、Wi-Fiですらまともに通ってない寮生活(郵船はあるがキッチン