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【翻訳】ロマン帝国:アブラモビッチの破滅の種は最初からあったのか

 今回は、2022年3月3日付けのガーディアン紙の記事の翻訳です。イギリスのジャーナリストのデビッド・コン氏による記事『Roman’s empire: how the seeds of Abramovich’s demise were there all along』です。
 もちろん、記事のタイトルの「Roman’s empire」はローマ帝国とロマン・アブラモビッチのファーストネームを掛けています。
 この記事は、アブラモビッチがチェルシーを買収してから売却するまでの顛末をまとめたものとなっているので、今回の出来事を概観する上でとても役立つものとなっています。

 記事の全訳の後に、要約を付したので、忙しい方はそちらをお読みください。

ロマン帝国:アブラモビッチの破滅の種は最初からあったのか

注目の買収から約20年、このオリガルヒはチェルシーを売却しようとしている。その顛末を紹介する。

 ロマン・アブラモビッチにとって、彼のマネーがチェルシーフットボールクラブにもたらした輝かしい成功で19年間もイギリスで喝采を浴びた後、ついにゲームオーバーとなったのである。

 政府、プレミアリーグ、そしてロンドンの観衆が、このロシア人オリガルヒがその富を築き上げたことが十分に文書化されていることに何の問題も感じなかった時代全体が、ウラジミール・プーチンのウクライナ侵攻で崩壊したのである。

 現在、制裁の脅威が迫っており、議会で彼と汚職やプーチンを結びつけるスピーチが行われたため、彼はチェルシーを売りに出したのだ。ちょうど3週間前、チェルシーはアブダビで開催されたクラブワールドカップで優勝し、アブラモビッチはトロフィーを手にするためにピッチに向かっていた。

 先週木曜日、労働党のクリス・ブライアント議員が下院で立ち上がったとき、アブラモビッチの勝利の笑みが世界中に放送されるおなじみの光景は、突然別のイメージに切り替わった。

 ブライアントはアブラモビッチへの制裁を求め、ロシアの元スパイであるセルゲイ・スクリパル氏がソールズベリーでノビチョク毒殺された後の2019年に書かれた内務省の文書を引用したのである。

 「不正金融や悪意のある活動を標的としたHMG(女王陛下の政府)のロシア戦略の一環として、アブラモビッチはロシア国家とのつながりや汚職活動や慣行との公的関連から、引き続きHMGの関心を集めている」と、この文書には書かれている。「この一例として、アブラモビッチは政治的影響を与えるためにお金を払ったことを裁判で認めている」

 チェルシー関係者は、アブラモビッチは政治に関与しておらず、制裁を受けるようなことは何もしていないという立場を維持したが、1週間もしないうちに、彼は退路を探し、クラブを売却するようになった。

 ブライアントの議会での発言は決して驚くべきことではなかった。なぜなら、アブラモビッチの評判がひっくり返ることによってもたらされるイギリスの支配者層への異議申し立ては、これらの問題が知られるのになぜこれほど時間がかかったのかということではなく、何年も前から知られていたことだからである。

 ブライアントがガーディアン紙に確認したところ、その内務省の文書で言及されている訴訟は、アブラモビッチが2012年にかつてのオリガルヒの師ボリス・ベレゾフスキーによって起こされたランドマークとなっている高等裁判所の請求で弁護に成功したものであるとのことである。

 この裁判は、ロンドンの中心部において公開で行われ、英国の法制度で最も権威のある人々が関与していた。アブラモビッチの弁護は、その後最高裁判事に任命されたジョナサン・サンプションQC(勅選弁護士)が担当した。

 グロスター判事によって下された判決は、アブラモビッチの財産が共産主義後のロシアの「ワイルド・イースト」でいかにして築かれたかを詳細に述べている。

 ブライアントが議会で読んだ文書は、未知の事実を暴露したものではなかった。それは、内務省の誰かが実際に判決を読み、7年後の2019年に訴訟に注目したことを明らかにしただけのことである。

 ベレゾフスキーの主張は、ロシアの石油会社シブネフチの設立と、それをアブラモビッチのオーナーに引き渡す値下げとほとんど不正なオークションとによって、生じた莫大な財産を共有するためのパートナーシップ契約を、彼とアブラモビッチが結んだというものだった。

 サンプション氏を中心とするアブラモビッチ側の弁明は、正式な契約はなく、アブラモビッチは政治的保護と影響力(主に当時のロシア大統領ボリス・エリツィンとの関係)のためにベレゾフスキーに約20億ドル(14億9000万ポンド)を支払っていたというものである。

 公聴会で明らかになった詳細は、共産主義下ですべて国有であったロシアの産業が、国民の多くが困窮する中で、いかに一握りの個人に譲渡され、オリガルヒとなったかを思い知らされる衝撃的なものであった。

 判決文、そしてアブラモビッチとベレゾフスキーは、ベレゾフスキーがエリツィンに有利な報道をするテレビ会社の資金源として巨大石油会社からの収入を約束した後、エリツィンが法令によってシブネフチを設立したことを明確に述べている。

 グロスター氏は、ベレゾフスキー氏との間に正式な契約はなく、政治的影響力の対価として支払ったという理由で、最終的にアブラモビッチ氏に有利な判決を下したが、1990年代のロシアは「法の支配が及んでいない」と指摘する。野心的な人々は "クリシャ "を必要としていた。クリシャとは、もともと暴力的な犯罪者に金を払って身体を守ってもらうという意味のロシア語で、それが政治家や官僚による保護にも拡大した。

 「アブラモビッチ氏は、ベレゾフスキー氏と自身との関係は、主として政治的なクリシャ、つまり保護によって成り立っていると主張した」と判決は述べている。「彼は、ベレゾフスキー氏との関係には、政治的な保護だけでなく、物理的な保護の要素も含まれていると主張した」

 ベレゾフスキーの仲間で、グルジア出身の「強面」バドリ・パタルカティシビリが物理的な保護をしていたのだ。そして、重要な一節で、グロスターはこう指摘している。

 アブラモビッチのために政治的クリシャを提供する保護者としてのベレゾフスキーのロビー活動は本質的に腐敗したもの(政治汚職)であり、同様に、アブラモビッチがベレゾフスキーにクリシャのサービスを支払うことに同意したという二人の間の取引もまた腐敗したものであったたというのが、アブラモビッチ氏の言い分であった。サンプション氏は、アブラモビッチがそのような汚職に加担していたことは認めたが、当時のロシアではそのようなビジネスが行われていたというのが現実であると述べた。

 この物語はプーチンの登場と重なる。プーチンは、自分の権力を侵害しないようにオリガルヒに警告したと伝えられているのは有名な話である。ベレゾフスキーはその重大性を見誤り、自分のテレビ局でプーチンを批判し、身の危険を感じてロシアから英国に逃亡した。

 アブラモビッチはそのような失策はしていない。「アブラモビッチ氏は、プーチン大統領やクレムリンの権力者たちと非常に良い関係を保っていた」と判決文には書かれている。「アブラモビッチ氏は、プーチン大統領との面会や話し合いができるという意味で、プーチン大統領に特権的に接近していたことも明らかである」

 この判決によって、アブラモビッチはベレゾフスキーが主張する約50億ドルを免れたが、その後10年間、彼の代理人は、ブライアント議員の内務省文書に引用された要素をごまかそうと努めてきた。彼らは、アブラモビッチの訴訟に関するグロスターの記録は、おそらくサンプション氏の冒頭のスピーチが誤って記録されたためであり、アブラモビッチはシブネフチを買収した手段が汚職であることを実際には認めなかったと述べている。

 彼らは、プーチンについては、判決文にある次のような指摘をして関係の程度を軽く見ている。「アブラモビッチ自身は、ベレゾフスキーとパタルカチシビリによって『モスクワの権力者に近い』と見なされたことを認めた。しかし、[クレムリンの上級行政官である]アレクサンドル・ヴォロシンが説明したように、当時の彼はプーチン大統領の『側近』のメンバーではなかった」

 チェルシーの監督であるトーマス・トゥヘルは今週、しつこい質問に我慢できなくなり、クラブのオーナーについて答えるだけの知識はないと述べた。また、明らかに、20年近くにわたる名物オーナーの下で、チェルシーでプレーし、働き、アブラモビッチを支えてきた多くの人々もそうであった。

 しかし、そのような人たちは皆、知ることができたし、間違いなく知るべきだったのである。裁判の前、アブラモビッチがチェルシーを買った2003年でさえ、すでにロシアの共産主義後の悲劇に関する本があった。シブネフチのオークションは、当時FT(フィナンシャルタイムズ)のジャーナリストで、現在はカナダの財務大臣であるクリスティア・フリーランドが書いた『Sale of the Century』で取り上げられている。しかし、金が集まり、サッカーの魅力が魔法の呪文を唱えると、気にする人はあまりに少ないようだ。

 プーチンがウクライナを攻撃するまでは、つまり、現実が見えてくるまでは。

要約

 チェルシーのオーナーであるアブラモビッチが、プーチンと近い関係であることが疑われることからチームの売却に追い込まれた。しかし、アブラモビッチとプーチンの関係について言及されるのは今回が初めてではなく、すでに2012年のベレゾフスキーとの裁判で文書化されている。
 裁判では、「アブラモビッチとプーチンは近い関係」であることが記録に残っており、アブラモビッチが政治汚職とされるやり取りにも関与していた(ただ、当時のロシアは法の支配が及んでいないと見なされている)ことがすでに明らかになっている。
 この記事を書いたデビッド・コン氏に言わせれば、チェルシーに関わる人たちは、アブラモビッチとプーチンの関係を知ることができたし、間違いなく知るべきだったのに、見て見ぬふりをしてきた。


 ガーディアンの記事がリリースされるのも、私がこのnoteの執筆を始めたのも、「イギリス政府がアブラモビッチ氏の資産を凍結したことにより、チェルシーは試合の一般チケットやグッズの販売、選手の獲得などが不可能に」なるかもしれないという報道の前のことです。


 今回は以上です。

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