晴れでもなく雨でもなく
イエスかノーか。
良いか悪いか。
この世界の仕組みとして表裏一体があると思う。
陰と陽、表と裏、光と影。片方だけが存在することはできず、もう一方があるからこそ存在しうるもの。
だからなのか白黒ハッキリさせないと気が済まない傾向が世の中にはあると思う。特に頭の硬い大人たち。
かく言う僕も前回、「2種類にわけた」例を出した。けどその事は棚に上げて進めます。
でも当然なから、どちらか2つにしかわけられないわけではない。曇り空とか、○×の間にある△とか。
2つの方がシンプルでわかりやすいから、多用してしまうのは仕方ない。
問う側も二者択一を押し付けてしまいがちだ。
とある本にあったけど、子どもが何かした時に親は「何でこんなことになったの?」と問う。子どもは「わからない」と答えた。その子にとって「わからない」が正解だった。
でも親は「わからないじゃない。わからないわけない」とその先を問ただそうとしてくる。
その先には何もないのに。「わからない」以上でも以下でもない。
ただ単に親が、問う側が納得したいだけ。自分の望む結果に強引にしようとしているだけだ。
果たして1人の人間がどれだけのことを「わかっている」のだろうか。
良いと悪いに分けきれないことなんて山ほどある。その2つに分けなければならないと言うのがそもそもおかしとも思う。可能性を、視野を狭めるだけなんじゃないかな。
雨雲の隙間に差し込んだ日差しのように、晴れでも雨でもない中途半端なものがどうしようもなく美しく感じる。
どちらかに決めつけなくていい。ただ自分が感じたままを大切にしていきたい。
バランスを上手くとりながら、ね。