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2020年1月武漢

昨年初頭まで、私は中国武漢で暮らしていた。1100万人の人口を抱える武漢市は新型コロナ肺炎の蔓延により、2020年1月23日午前10時をもって都市封鎖された。以降76日間にわたり外部との通行は完全に閉ざされた。私は封鎖直前、最後の国際線で日本に帰った。

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あれから1年半が経過した。人口1000万人を超える大都市の完全封鎖。その敢行前夜、私は彼の地で何を思いどう過ごしていたのか。封鎖の10日程前、日本にいる細君と私が交わした WeChat の内容と、当時の行動記録から振り返り、ここに備忘としたい。 

※ WeChat とは中国語で "微信" と書きます。LINE とほぼ同じ機能を持つコミュニケーションアプリで、中国人は全員使っていると言ってもいいでしょう。ちなみに LINE は中国では使えません。

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1月12日【WeChat】 細君👩「テレビで毎日武漢の新型肺炎のニュースを見るけど大丈夫なの? 気を付けてね。」

1月13日【WeChat】 私👨 武漢市保健局から毎日発表される公報の日本語版 (会社で翻訳したもの) を添付  ↓ 

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「感染は41例で1月3日から増えていない。死亡の一例は別の重病を患っていた人で、それ以外の患者の症状は安定している。人から人への感染は確認されていないらしい。」

1月14日~1月15日 重慶に出張(飛行機)機内は満席だったが、マスク着用者はほとんどいない。 *私はずっとマスク着用。

1月16日 【WeChat】 細君👩:「日本でも初めて新型肺炎が確認されたけどそっち (武漢) はどう?」

1月16日 【WeChat】私👨:「公報発表では感染者は41人のまま増えていない。新型ウィルスということで注目されているが、症状は重くないらしい。インフルエンザのほうが感染力も強くて症状もひどいと聞いてる。」

1月16日~1月18日 広州に出張(飛行機) 機内は満席。マスク着用は少数。

1月19日 【WeChat】 細君👩:「武漢はマスクや風邪薬が手に入らないってニュースでやってたけど大丈夫?」

1月19日 【WeChat】 私👨:「日本の報道は大げさで作為的。武漢の街はいたって平静。今日地下鉄に乗ったけどマスクしてるのは自分だけだった。市民に危機感は感じられない。」

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自分自身を安心させたいのと、家族に心配を掛けたくないという気持ちがあったのだろうが、今見返すと "ノー天気" なコメントに終始している。しかし、その時私が得られた情報とウワサ、そして街の様子からは、後に判明する最悪事態を予見するのは無理だったと思う。

以下は、私の知り得た事柄諸々です。

湖北省か武漢市かどちらかの、保健局のような役所から、新型肺炎に関する声明が、毎日発表されていた。その内容は‥  まず感染者数は、1月3日から1月16日までの約2週間は41人のまま全く増えていない。次に死亡例は1例だけで、別の重病を患っていた人だとされていた。そこには「人から人の感染は確認されていない」とのコメントが書かれていた。

1月6日から武漢市の人民代表大会、引き続いて1月12日から湖北省の人民代表大会が武漢市で開催されていて、1月16日に終了した。

翌1月17日から感染者数が急増する。日付と(感染者数) 私の控えでは‥‥3日から16日まではずっと(41)のまま、17日(58)、18日(198)、22日(479)、23日(606)、24日(1,287)、27日(2,744)、29日(5,974)、30日(7,711)、31日(9,066)、以降2月10日には4万人を超え、2月16日には7万人を数えた。

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武漢市民に対して、"病禍襲来" の警報が鳴らされることはなく、私たちは無防備のまま、間近に控える楽しい春節 (旧正月) の到来を待っていた。

1月18日に春節前の恒例行事である "万家宴" という大食事会が開かれている。ここに集まった4万世帯から大規模クラスターが発生してしまったのだが、一般市民に「このお楽しみ行事は中止すべきだ」と思い至らせるほどの情報は与えられていなかった。

武漢は、都市封鎖という力技で新型コロナ肺炎を収束させた。だがそこに至るまで、特に初動段階でたくさんの間違いがあったと推測する。その辺りのことが明らかになることはないだろうが、それはもういい。

しかし、新型ウィルス発生のメカニズムだけは、絶対に解明されなければならない。それによって得られる知見が、今後の人類の為に活かされるのなら、世界中が被ったこの大きな災難にも意義を持たせることができる。

< 了 >


※ 武漢在住の女流作家方方 (Fang Fang) 氏による、都市封鎖中の武漢市民を記録した "武漢日記" が出版されています。

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