再出発だどんぶらGO!
コロナ禍における飲食店の苦境…
なんとかしたいと一念発起
2年間のブランクを経て、個人活動「ちん電どんぶらGO!」を再開する決意を固めたわたくしですが、さてなにをどうしたものか。
とりあえずは、取材です。年が明けると、さっそく活動を再開し、久しぶりのちん電沿線取材を敢行しました。
よく知っていた多くの個人店は、新型コロナウイルスの影響で休業または大幅な営業時間短縮を余儀なくされ、みなさんかなり苦しそうなご様子でした。そのご様子を拝見するだけで、大変胸の痛む思いがしました。
今の自分で少しでもお力になれたら・・・と思い、微力ながら「ちん電どんぶらGO!」のフェイスブックページでお店のテイクアウトメニューや営業時間などの情報をシェアして発信していくことから始めました。
一方で、紙媒体のフリーペーパーの作成にも着手することにしました。
しかし、こちらの方はなかなか作業が先へ進みませんでした。
2年前に描いていたキャラクター、ももちゃんとその仲間たちのDON、BURA、GOを再度登場させて、彼らにガイド役を務めさせ、ちん電沿線のおすすめスポットなどを紹介していくという前回までのスタイルで新しいネタを描こうとしたのですが、なぜかなかなかまとまらず、何度もうんうん考え描き直しても、いっこうに仕上がらないまま何週間も過ぎていきました。
描きたいネタは決まっているのに、なぜこんなに難航するのか、不思議でなりませんでした。
私は、今までのスタイルを継続するのか、それとも再開をきっかけに、まったく新しいスタイルで出直すのか、あらためて再考することにしました。
前回も書いたとおり、今までのキャラクターはかなり適当に考えて作ったキャラクターでした。ガイド役なので別に深く考える必要がなく、親しみやすいキャラであればなんでも良かったのです。
しかし、今回再考した私はそもそもこのフリーペーパーはガイドブック的な内容でいいのかな?と根本的な疑問を感じました。
以前作成していた「ちん電マップ」のときもそうでしたが、せっかく取材して編集して掲載しても、お店が移転や閉店、営業時間変更などをするたびに、役にたたなくなってしまうという、紙媒体の弱味を何度も痛感していたのです。
それならば、お店の情報などはSNSでの発信に限定した方が、むしろリアルタイムでの生の情報を伝えられるのではないか?
では、フリーペーパーではいったい何を描けばいいのだろう?
ましてや、手描きのマンガ4ページという制限のなかで、どのようなスタイルが一番効果的で、みなさんに必要とされ、楽しんでいただけるのか・・・
いろいろ考えたあげく、やはりマンガなのだから、ストーリーのあるお話にするのがいいのだろうか?と思うようになりました。
しかしそうなると、いったいどのようなキャラクターで、どんなお話が描けるだろうか?
私は悩みました。悩みながらも、とにかく現場だ!ちん電に乗れば、なにかがひらめくかも知れない!!・・・とばかりに、取材のためちん電に乗りました。
溺れるものはちん電に乗れ!
求めよ、キャラは与えられん
ある日のこと、久しぶりに訪れた東天下茶屋で、ふといつもと違う道を通りました。安倍晴明神社の横のせまい裏道を通って、阿倍野筋に出ました。そのとき道の角に立て看板が置いてあるのが目にとまりました。
「びりぃBooks 20M入る」
と、あります。
え?今来た道に、お店なんかあった??
私は目を疑いました。通ってきた裏道の片側は安倍晴明神社で、もう片側は古い文化住宅風アパートがあるだけでした。お店があるような通りではありません。
半信半疑でもとの道を戻ってみると、なんとその文化住宅風アパートの一室が、お店として開かれているのでした。おそるおそる中に入ってみますと、まあ、可愛いらしい絵本が並んだ、ちいさな絵本の古書店だったのです。
店主の若い女性にお話を伺うと、ほんのつい最近オープンしたばかりとのことで驚きました。私が2年前に作ったフリーペーパーをさしあげると、とても気に入ってくださいました。
そして、この連載主宰者のギャラリーリールさんのことも紹介しました。
一月後、今度はリール店主のつねまつさんを誘って、またその絵本屋さんへ行きました。絵本好きが3人も集まったら話は尽きません。ちいさなお店の中で、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
会話を楽しみながらも、たまたま手に取った絵本の絵に、私の目は釘付けになりました。
それは、モーリス・センダックという人が絵を描いた「うさぎさん てつだってほしいの」(冨山房)という絵本でした。これは、ある女の子がお母さんに誕生日プレゼントをあげたいけどどうしたらいい?と森のうさぎさんに相談するというだけのお話でした。
が、しかし・・・
このたわいもない、ほほえましいお話に添えられていた絵は、実にえもいわれぬ妖しい光を放っていたのであります。
無邪気に相談を持ちかける女の子に対し、うさぎさんが取るポーズのなまめかしさ。女の子を見つめる視線のなやましさ。
ふたりが取る絶妙な距離感と、森の中の美しい情景のもと繰り広げられるさまざまなシチュエーション・・・
いやいや、おまえら一体何してんねん!!
と、まるで子どもの部屋でいけない本を発見したおかーさんのように私の脳内はパニックに陥りました。
だ、だってこれは・・・
これって、完全にデートしてるやん!!きゃ~!!(じたばた汗)
私の発見にびりぃBooksさんもギャラリーリールさんも大いにウケてくださり、その場は大盛り上がりになりました。
妖しいうさぎに誘われて…
ちん電の神様たち、全員集合!
このセンダックさんの描いたうさぎさんが、私の脳内に強烈なインパクトを残しました。帰り道のちん電の中で、私の頭の中にひとりでに、あるキャラクターの姿が浮かび上がってきました。
なやましげな眼をした、謎めいた青年のうさぎが、オダサクのトンビコート(※1)を着てふらりと現れ、女の子をちん電の不思議な世界へといざなう・・・
これだ!!
このイメージが浮かんだとき、「これでいける!」と私は直感的に確信しました。
それからというもの、あっという間にキャラクターが出来上がり、基本設定とお話を練り上げて行きました。
主人公の女の子は、いつも不思議なうさぎさんに誘われてちん電のワンダーランドに入り込むという設定のため、「不思議の国のアリス」にちなみ「ありすちゃん」と命名しました。
相手役のうさぎは、うさぎだから宿院だろう。そうだ、頓宮にいるうさぎさんたちの一族という設定にしようと決めました。
宿院頓宮というのは、住吉大社の御旅所です。うさぎは住吉大社の縁起に深く関わる動物なのですが、宿院頓宮の横の公園にはかわいらしいうさぎさんたちが群れている「白夜の兎」という作品があるのです。
ちん電沿線には、その他にもたくさんの寺社仏閣があり、じつにさまざまな個性的な神様たちが祀られています。そうだ、そういういろんな神様たちが、ちん電に乗ってきたら面白いんじゃないか?
そこで、ちん電沿線各地にいらっしゃるいろんな神様たちを登場させることにしました。住吉大社の初辰社のはったつさん(ネコ)、安立の霰松原史跡に祀られている金高大明神さん(タヌキ)、前述の安倍晴明神社ゆかりの葛の葉姫(キツネ)、阿倍王子神社のやたがらすさん。そして・・・堺にて阪堺電車沿線の防犯活動にいそしんでおられる有名な「カオナシさん」もいっしょにゲスト出演していただきました(笑)
実は阪堺線には、ふつうの人には見えないけれど、神様だけが乗ることが出来る特別な「ワンダートラム」が走っていて、この特別なちん電に、ありすちゃんが迷いこむという設定にしました。
これこそ、マンガでないと表現できないことでした!
大阪弁か標準語か、それが問題だ!
なにわことばが命を吹き込む
第一回目のお話はその後のお話の序章になるため、じっくりと慎重に考えました。
はじめは、ネーム(台詞)を標準語で考えていました。そうすると、お話を組み立てるのは簡単でした。標準語だと、登場人物たちに説明台詞をかんたんに言わせることができるため、話の展開がスムーズでした。
ですが、お話の骨組みが出来たあたりでふと「この言葉でいいのかな?」と疑問がわき起こりました。
実は2年前(スタート時)も、大阪弁にするか標準語にするかでかなり悩みましたが、ももちゃんたちはあくまでガイド役のリポーター。標準語でもいっこうに差し障りがなく、当時は標準語に落ち着きました。
今回は、いったん標準語で考えたお話を見直して今度は大阪弁で書き直そうとしました。すると驚いたことに、同じお話でもネーム(台詞)がまったく違うものになり、ストーリー展開やキャラクターたちの関係性もがらりと変わりました。
大阪弁だと台詞が説明にならず、「なにをしゃべるか」ではなく「だれにしゃべるか」という相手との関係性がなによりも肝心の点になるのです。そのため話がスムーズに運ばず、もどかしいかと思ったら、いざ相手の懐に入るやいなや、あれよあれよととんとん拍子に関係性が進みます。この「あうんの呼吸」ともいうべき大阪弁の絶妙のリズム感によって、お話はぐっと躍動感をもった魅力的なストーリーに変わりました。言葉のもつ力の大きさに、今更ながら驚かずにはいられませんでした。
こうして大阪弁で展開される「ちん電どんぶらGO!」第4回(※2)のお話にふさわしい小道具として、私は松虫の古いおせんべい屋さん、はやし製菓本舗さんの銘菓「なにわことばせんべい」をお話の中に登場させることにしました。
はやし製菓本舗さんは昔ながらの製法で一枚ずつ手焼きのおせんべいをずっと作り続けているお店です。生地作りから焼き印、包装まですべてが店主さんの手作業による商品で、すべてのおせんべいが世界でたったひとつという、存在そのものがもう宝物みたいな、独特のあたたかさを感じるお菓子なのです。「なにわことばせんべい」には「けったいな」「いちびり」「べっぴん」などの大阪の言葉の焼き印が一枚ずつ押されてあり、見るとつい顔がほころんでしまいます。
このように、実際のお店の紹介も、毎回お話の中に組み入れていく構造にすることによって、このフリーペーパーだけの独自のやり方で沿線のお店の紹介が出来ます。これこそがまさに、私の目指していた新しいフリーペーパーのスタイルでした。
ようやく方向性の定まった新生「ちん電どんぶらGO!」は、かくして新たな地平へと航海を開始したのでありました。
(※1)・・・織田作之助の有名な写真のひとつに、トンビコート(マント)を羽織って颯爽と大阪の町を闊歩する写真がある。
(※2)・・・2年前のももちゃんたちのお話は第3回までありましたので、今回の新作は第4回からの開始になります。「ちん電どんぶらGO!」のタイトルはそのままで続けるため、通し番号はリセットせず続きからの再開にしましたが、これが意外と新しい読者の方々の混乱を招くことになってしまいました。まぎらわしくてすみません。
↓ 模索の末に完成した、第4回です
びりぃBooks
〠545-0034大阪市阿倍野区阿倍野元町8-21-102
火・木・土営業 10:30〜17:00営業
はやし製菓本舗
〠545-0023大阪市阿倍野区王子町1-7-11
06-6622-5372
木曜定休 平日9:30〜17:00 日祝9:30〜16:00
【萩原久実子・プロフィール】
大阪・堺市出身。
生後まもなくアトピーを発症し、血まみれの暗い悲惨な幼少期〜思春期を経験。おとぎ話を心の支えに成長する。
26歳で一念発起して兵庫県立尼崎青少年創造劇場(ピッコロシアター)演劇学校へ入学。才能のなさを思い知り、3年目で卒業。以後演劇の道を断念。
その後体調を崩し、ひきこもり生活に。仲間とともに「ひきこもりーノ大作戦」を立ち上げ、ボランティア活動を通じて自立の道を探る。
阪堺電車(愛称ちん電)の魅力を発信するフリーペーパー「ちん電マップ」の発行に携わり、その後独立して「ちん電どんぶらGO」を発行。ちん電沿線をまち歩きしながら、SNS等で勝手に発信し続けている。