わたしは名医! 【ショートショート】
その出来事は 1986年 9月 某日に起こりました
当時は「インターネット」も「電子メール」も
そして「携帯電話」さえも まだ 一般の人達には
普及していない頃でした
市内には その頃『こもれびメンタルクリニック』
という名の 町でも評判の "診療所" がありました
ここには 入院患者用の病室が8部屋あり いずれも
個室でしたが 202号室には どんな 病状にも該当
しない 魔訶不思議な 症状を呈する 人物 が入院
していたのです
※ ※ ※
202号室のイスに腰を下ろしたのは 近頃 少し
白髪が目立ってきたことを 気にする様になった
“アラ還“ の男性でした
そして 202号室には もう一人 … 白衣姿で
じっとカルテを見詰める 女性 がおりました
彼女は イスに座った男性のそばへ 歩み寄ると
笑顔を浮かべながら すこし遠慮気味に話しを
始めたのです
胸元の『名札』には 黒文字で "早乙女"と
書かれています
「あの~ 現時点における 病状を ご説明させて
頂きたいのですが … 宜しいでしょうか?」
その問いに 男性は 屈託ない笑顔で答えました
「あぁ いつだって 構わんよ! 先生 」
「それでは ご説明いたしますが … 実は …
あなたは 大変 珍しい 病気に罹っていることが
判明いたしました!」
「ほほう … 珍しい病気ね~ まいったなぁ~
だけど もっと 詳しく 教えて貰わないと … 」
「えぇそうですよね … まず統計的な観点から
申し上げると 100万人に一人の割合で発症する
ことが 既に分かっています」
「100万人に一人? まるで ジャンボ宝クジに
当たった様なもんだね~? アハハハハ … 」
「 …ですが ご心配には及びません 一昨年の
ことですが 米国のピッツバーグで開催された
国際外科学会のシンポジウムで この病気の
根治手術の臨床例が 4例も発表されまして
いずれの患者も 順調に回復しております!
そのため 日本でも 有効な 術式 が確立されるのは
もう時間の問題かと思います!」
いつの間にか 男性の顔からは 笑顔がすっかり
消え去ってしまいました
「 あの~先生 … 珍しい病気だってことは
分かったけどね … で 病名は 何というんだね?」
「はい 1983年に この病気の原因物質を発見した
ドイツの特殊医療チームの名称に因みまして
"ゼンザブロイネン症候群"と名付けられました 」
「ゼンザブロイネン? 知らんな~ そんな名前 」
「えぇ 今まで 日本で知名度が低かったのは
発病者がゼロ だったためです
もし あなたが日本で 初の患者と認定されれば
状況は 一変すると思われます! 」
「だが まさか … 海外にまで 問い合わせたりは
してないんだろう? 例えば … スイスの … 」
「 えぇ! ジュネーヴにある世界保健機関(WHO)
から もうすぐ連絡が入るはずです!」
そう言われた男性の顔色は みるみる変っていった!
「どうして 知ってるんだ? 君は!」
彼女は この質問には 何も答えず 話し続けます …
「当院では 本格的な外科手術は行えませんので
来週にも 県庁の隣りにある "総合病院" へ 転院
して頂いて 改めて精密検査を受けられることを
強く お勧めいたします
もちろん「紹介状」は 当院長名でお出し出来る
はずです …
当院で取得した検査データは全て … 」
… すると その時 一人の青年が とても慌てた
様子で バタバタと病室に 駆け込んで来ました!
額には 薄っすら 汗が滲んでいます
「 な~んだぁ 理恵子! ここにいたのか~!
失踪しちゃったかと思って 病院中 駆けずり
回って 探しちゃったよ〜 でも良かった …
無事で!
しかし 前もそうだったけどさ… 早乙女先生の
白衣を着ちゃうと 理恵子ったら まるで本物の
お医者さんみたいに見えちゃうから 本当
不思議なんだよな~
あっ 先生! いつも 患者役 を務めて頂いて
有り難うございます!
さぁ理恵子! お薬の時間だ 白衣とカルテを
早く 早乙女先生にお返しして … 」
すると 今度は 看護師のトップである ”看護部長”
が 小走りで 202号室へと 入って来たのです!
「あら 理恵子さん! 今日もお医者さんに変身
したのね? 担当の早乙女先生が 優しい先生で
本当に良かったわね!
あっ そう そう … 早乙女先生! 緊急でお話が … 」
看護部長 に促されながら 早乙女先生は 白衣を
着ると 二人は病室の片隅へと移動しました
そして 小声で話し始めたのです
「どうした? 看護部長 何かあったのか?」
「 世界保健機関(WHO)から書簡が届きました!
事前に 先生から 開封許可 を頂いてましたので
私が 中を検めさせて頂きましたが… 」
「検査結果が送られたんだな? 教えてくれ
何と書いてあった?」
「はい 先生のお身体の測定データから判断して
確か … "ゼンザブロイネン症候群" である可能性
が高い … と書かれていた様に 思います
先生は この病名を ご存じなんですか?
… 先生?
… 早乙女先生? 」
「 あぁ … ついさっきね …
その病名を 教わったところだよ!
当院 きっての名医である
202号室の "理恵子" 先生 からね! 」
早乙女先生 と 看護部長 が ゆっくり 振り返ると
"理恵子"は 夫の手を借りながら ベッドに
入いるところでした …
そして彼女は 何錠もの「抗精神病薬」を口に
含むと コップに満たした水と一緒に 一気に
飲み込んでしまいました!