見出し画像

最強であれ。 〜レアル・マドリーのスカウティングレポート〜

レアル・マドリーを分析していく。見た試合。

CL1節vsシュツットガルト(H) ○3-1
CL2節vsリール(A) ●0-1
CL3節vsドルトムント(H) ○5-2
CL4節vsミラン(H) ●1-3
CL5節vsリバプール(A) ●0-2
CL6節vsアタランタ(A) ○3-2
20節vsラス・パルマス(H) ○4-1
CL7節vsザルツブルク(H) ○5-1
21節vsバジャドリード(A) ○3-0
22節vsエスパニョール(A) ●0-1
23節vsアトレティコ(H) △1-1
CLプレーオフvsマンチェスターシティ(A) ○3-2
24節vsオサスナ(A) △1-1
CLプレーオフvsマンチェスターシティ(H) ○3-1
25節vsジローナ(H) ○2-0
26節vsベティス(A) ●1-2

そもそもマドリーの試合は普段から2試合に1回くらいのペースで見ているのであくまでもCLの組み合わせ決定後に見た試合です。当然見直しも含む。





●事前確認事項

◆成績

マドリーは先季ラリーガとCL、スーペルコパの3冠。
ラリーガはバルサがグダグダしている中で年明けまではジローナが最大のライバルという期間もあったが、結局1敗のみで2位バルサと10ポイント差で楽々優勝。CLではマンチェスターシティ、バイエルン相手に逆転を繰り返して劇的優勝。


◆直近の対戦成績

今季は2度対戦済み。アトレティコホームの8節マドリーホームの23節はどちらも1-1の引き分け。先季はアトレティコホームの6節はアトレティコが3-1で勝利、マドリーホームの23節は1-1の引き分けだった。

CLでは16-17シーズンの準決勝以来久しぶりの対戦となる。当時のマドリーはジダンが監督。アトレティコは当然シメオネ。マドリーの選手で残っているのはすでにモドリッチ、カルバハル、ルーカス・バスケスくらい。その頃のモドリッチはまだ背番号19番でクルトワはまだチェルシーにいた。アトレティコはコケ、グリーズマン、オブラク、ヒメネスがレギュラーでコレアもベンチにいた。ご存じの通りこの時期のCLは
13-14決勝(※レビューあり)
14-15準々決勝
15-16決勝(※レビューあり)
16-17準決勝
と毎年マドリーダービーがあった。その全てにレアル・マドリーが勝ったのもご存じの通り。

↑リンクしておきましたが「過去のCL決勝のレビューあるんかい」と思ったそこのあなた。あります。是非。


◆移籍in/out

今季開幕前の移籍in/out。

out
ケパ・アリサバラガ(→チェルシー)※レンタル終了
ナチョ・フェルナンデス(→アル・カーディシーヤ)
トニ・クロース(→引退)
ニコ・パス(→コモ)
マリオ・マルティン(→バジャドリード)※レンタル
ホセル(→アル・ガラファ)
アルバロ・ロドリゲス(→ヘタフェ)※レンタル

in
ヘスス・バジェホ(←グラナダ)※レンタル終了
キリアン・エンバペ(←パリSG)
エンドリッキ(←パルメイラス)

エンバペが来た。それに尽きる。
outはクロースが引退。ビルドアップを作り直す事になった。さらにベンチにいる事に意味があったナチョ、そして唯一のPA内ストライカーだったホセルが退団し、どちらも明確な補強がなかった。3000分出場したクロースとナチョ、17点取ったホセルがいなくなり、ようやくエンバペが来たシーズン、と要約できる。


◆基本布陣

今シーズンの基本布陣。

基本布陣

4-2-3-1ないしは4-3-3をベースとする。ベリンガムの立ち位置の解釈の差だったりする。非保持は4-4-2にもなる。
最終ラインは怪我人が続出。カルバハルとミリトンはシーズン絶望。特にミリトンは2年連続の大怪我となってしまった。そんな中で年明けにアラバが復帰。その後も筋肉系の怪我などで苦しみながらではあるが徐々にプレーできるようになってきた。足りないCBはチュアメニが勤め、さらにカンテラーノのラウル・アセンシオが定着。スピードのある守備対応と正確なフィードですでにスペイン代表選出間違いなしのクオリティを見せている。いなかったら大変だった。というかこのレベルが先季まで1分も出ていないのはどうなんだ。なおヘスス・バジェホは相当ベーシックが足りないのか全く出てこない。
中盤はクロースがやっていたビルドアップの中心キャラにセバージョスが定着してきたが、残念ながら直前の国王杯ソシエダ戦で膝を負傷。再考が必要となった。もう一人はバルベルデが鉄板だが彼は右SBをやったり忙しい。チュアメニはCBをやっているしカマヴィンガは離脱が多いシーズン。ベリンガムはトップ下のようでIHのようで4-4-2で構える時は左SHだったりもした。前線は鉄板の3人、ロドリゴ、エンパべ、ヴィニシウスを並べ、ブラヒム・ディアスが右も左も真ん中もバックアップする。エンドリッキは人のキンタマ蹴ったりインフルエンサーと結婚したりまだ私生活のバグフィックスが優先。周知の通りだがベルナベウでの1stレグはベリンガムが出場停止となる。


●抱えていた問題点の整理

年明けまでのマドリーの状態はお世辞にも良いとは言えなかった。"良いとは言えない"と言っても年明け時点で首位アトレティコと勝ち点1差の2位だが、ちょっとそういうところにいちいち突っ込んでいると話が進まないので「問題点があった」という前提を全員が納得した事にして進ませてもらう。ブロガーは前提条件の共有が大事な作業だが面倒な時は真空ジェシカの漫才の入りを参考にしたい所存。


・エンバペを組み込む事

マドリーは昨年のCL優勝クラブである。そのクラブにアーリング・ハーランド(マンチェスターシティ)と世界最高のストライカーを争っているエンバペが来たのだからもう完全無欠だろう、というとそうでもないのがサッカーというもの。ただしレアル・マドリーというクラブは常にその時点の世界最高の選手をチームに組み込む事を宿命付けられたクラブでもある。大変ですね。

さて、キリアン・エンバペである。やっとマドリーに来た当代最強の化け物FWはシーズン前半なかなか批判に晒された。問題は年越しまでにラリーガで10点(合計13点)取っているのに批判されていた事なのだが、色々常識の範囲では測れない選手、クラブである。マジレスすると20点取ってマドリーが全勝でも一部疑問の声はたぶんあるのだろう。

問題の本質は彼のプレーエリアが主であった。エンバペは元々左サイドに流れてそこから内側へ向かってドリブル開始する事で一番長所が出るタイプの選手だが、当然マドリーのそのポジションにはヴィニシウスがいる。近年マドリーはヴィニシウスの成長・活躍でタイトルを獲得しており、同時にヴィニシウスは先季頃から内側でのプレーを選べるようになっているとはいえ本質的には他のプレースタイルを選べる選手ではない。変化を求められたのは新参者のエンバペの方である。
案外エンバペも人間なんだなと思ったのはストライカーポジションで起用されると相手CBに張り付くポジションを取ってしまいスペースが無く、またその爆発的なスピードを活かす事ができないプレーに終始してしまう事。そしてDF-MFライン間でボールを受けた際の選択肢が少なく、ベリンガムへのレイオフラインが見えている時を除けば足下にボールを止めて囲まれて奪われるというパターンを繰り返した事。結局、試合終盤やどうしても得点が欲しい展開になると得意の左サイドへ流れる形に自ら縋ってしまう事などが現象として見られた。思ったより不器用で思ったより得意の型に固執するタイプ。2月のマドリーダービーのレビューで指摘した通り、WG起用の時と比べるとストライカーで起用された時は周囲の選手の邪魔にならないように気を配るタイプ。2戦続けてのPK失敗で批判された時には苦しみを吐露するなど「人間キリアン・エンバペ」を発見していく期間だった。


・不確定な非保持形

とにかく守備が酷かった。底辺はCL3節ドルトムント戦(○5-2)、CL4節ミラン戦(●1-3)辺り。まあエンバペとヴィニシウスが一生懸命守備をすると思っていた人はあまりいないと思うが、流石に現代のチャンピオンズリーグにおいてピッチにいる選手のうち2人が守備貢献ゼロというのはいくら何でも難しい。
元々マドリーはヴィニシウスが大きな守備の欠点を抱えている選手である。当然彼は圧倒的なスピードを武器としているため、ある程度前残りしていてくれた方が相手にナイフを突きつける事ができるのだが、エンバペも隣で同じ発想をしているとえらい事になる。

ベリンガムが左に移動する4-4-2

ヴィニシウスもエンバペも、ボール保持者に向かって一直線に追いかける守備はちゃんとやる。何ならこの2人はとんでもないスピードを持っているのでプレッシャーを掛けられると結構怖い。ボール取られたら1点だし。ただし2人とも2ndDFになるのがあまりにも下手である。やった事ないんだろう。ヴィニシウスが猛然とプレスに行った時にエンバペは立ち止まって見ているだけという形が散見。というか頻発。

ビルドアップにプレッシャーが掛からない

ロドリゴとベリンガムが前を捕まえにいってしまうのもチームでどこまで設計されていたかは怪しいが、ベリンガムが相手SBに強く寄せた際にも近い位置でヴィニシウスが傍観しているので同じ現象が発生する。よってマドリーは常に後方の6人だけで相手の同数以上の擬似カウンターを受け続けた。これをそれなりの頻度で止めていたDF陣及びクルトワは異常だが、カマヴィンガの脇でボールを引き出されるとリュディガーが出てきて止めるのはなんだか笑ってしまった。シメオネだったらその場でぶっ倒れてる。


・ビルドアップの課題

問題点の原因はもちろんエンバペだけではない。クロースがいない。逆にこれだけ守備が崩壊しているところにクロースを放り込んでもマズかった気はするが。

ビルドアップ基本形

マドリーは主にCB2人とMF2人(ベリンガム以外)がビルドアップに参加する。SBは右のバスケスが配球に関与。左はメンディだとプレス回避で有用。フラン・ガルシアは大きい展開と上下動で便利。実はビルドアップにおいては受動的な2人である。
前線はエンバペのポジショニングが宜しくなく、なんとなく真ん中にいる。ロドリゴとヴィニシウスは大外のピン止めがメインタスクでラリーガではなかなか見られないレベルで前後分断される。その状況が気に入らないベリンガムがボールを引き取りに手前まで降りてきてさらにエンバペが孤立するのが定番で、前線は少ない人数の難しいコンビネーションプレーを試みて成立すればチャンス、失敗すれば相手ボールでまた守備フェーズ、という忙しい試合を繰り返した。ちなみにチュアメニはMFの選手がCBをやらされているのだから、ビルドアップで優位性を作れると見せかけて彼は長いレンジのボールが蹴れずスペースと配置を意識した配球ができないのでむしろ中盤にいる時より粗が目立つのは誤算だった気がする。
これまではこのゲームバランスを一人で調整していたのがクロースだったわけだが、誰かがやらないとずっと駆けっこといちかばちかを繰り返す事になる。


・ピッチ全体の前後バランス

ビルドアップの問題とも共通する箇所だが、このチームは前線の4人(ロドリゴ、ヴィニシウス、エンバペ、ベリンガム)が縦に速すぎる。そのため一度攻撃に掛かると後方の6人が全くついていけない。そうなると前後分断したままプレーが進み、再奪回のプレスがかからず攻撃はぶつ切りに終わり、最大の問題である守備フェーズがまたやってくる。"ボールを速く進めようとすれば速く戻ってくる"とはよく言ったもので、前線のスピードを活かそうとすればするだけ守備機会が増えて結果的に攻撃の回数が減るジレンマと戦い続けていては必ずどこかで破綻する。

これらの問題を改善していく作業に着手した結果が、今シーズンのレアル・マドリーの姿である。攻撃から見ていこう。


●攻撃

マドリーのフィールドポジションは基本的に4つしかない。その4つに全選手を当てはめている。
CB
SB
MF
FW
の4つ。それしか区別がない。アンカー、IH、SHやWGとストライカーの差分などが存在せずタスクがざっくりである。このざっくりというのがマドリーのサッカーを見ていく上で割と重要なポイントになる。

例えば。

バルベルデのプレーエリア

バルベルデは白いエリアでプレーに関与するのが上手い。ざっくりと。それがモドリッチに変わると

モドリッチのプレーエリア

この辺でボール保持に関与し始める。こういう、各々の得意なプレーエリアの集合体として、レアル・マドリーというチームが構築されていく。特に明確なのは左SBで、フェルラン・メンディはビルドアップで内側向きのパスを選択できる事と、ラストサードでは内側に立って大外でヴィニシウスに勝負させるスペースを渡すプレーが得意。プレス回避では中心キャラになれる一方でその反面相手ゴールに能動的に向かうプレーが全く出来ずクロスも超下手である。一方のフラン・ガルシアは高い強度の上下動を繰り返しながらヴィニシウスの外側を駆け上がるプレーが得意なタッチラインプレイヤー。どっちが有用というよりは組み合わせとバランスの話。


◆ビルドアップ

ビルドアップから見ていく。先述の問題点を解決させたのはダニ・セバージョスであった。負傷欠場が決まってしまったがもう書いちゃったからとりあえず聞いてくれ。

セバージョスが改善したビルドアップ

セバージョスは左落ちしてCB付近でボールを引き取るクロースのような役割を担当し、左SBを相手MFラインの向こう側へ押し出す。この作業によって、左SB(メンディ)は相手SHの背後に、ベリンガムは相手CHの背後にポジションし、手前と奥のポジション取りを整理する事ができるようになり、ドミノ倒し的に右SBバスケスも広いエリアでボールをもらう余裕を受け取っている。
当然クロースと比べればショートパスの精密さ・ロングパスのレンジには差があるがビルドアップを確立させるための目的ならば大した問題にならず、同時に自らドリブルで相手ラインを越えるプレーができる事とネガトラの対人守備力を担保する事ができるというメリットも持ち合わせており、いつの間にかマドリーがボール/ピッチを支配する上で欠かせない存在になっていた。彼の欠場はボールを持つ意味で特にホームゲームで大きな影響がある。
同時に最終ラインではミリトンの離脱後にCBに台頭してきたカンテラーノ、ラウル・アセンシオが高精度のロングボールを装備し、一発で相手最終ラインの背後に決定的なパスを届ける武器を得た。デビューしたオサスナ戦で早速ベリンガムの得点をアシストするロングパスを通し、高速アタッカーが複数人いるマドリーと対峙する相手チームは、アセンシオが前向きにボールを持った時点で最終ラインを下げないといけなくなった。エンバペを警戒してラインを下げたらその向こうからベリンガムが走り込んできましたなんて場面は正直飛んできたら防ぎようがないのでアセンシオのキックを最警戒する必要がある。
マンチェスターシティ戦などは典型だが、相手チームが前プレを設定してくる場合はベリンガム、さらにロドリゴが落ちてきてビルドアップの逃げ道を増やす作業を行う。ベリンガムを離せばプレスがハマらず、ベリンガムについていけば後方が手薄になる2択を突きつける。

結局このチームはヴィニシウスとエンバペが背後に突っ走るのが一番効率が良いわけで、相手がプレスに来る場合は何枚来るのか、どこまで来るのかを入念に確認していく。この時点で精神的に優位性を持っている。その意味でプレス回避で質を出す事よりもプレスにビビらない事の方が能力として重要度が高い。このチームのCBはそういう風にできており、アセンシオがすんなりとハマれたのもここが大きい。さらにメンディはたぶん3,4人に囲まれても全く焦らない謎の心臓を持っている。


◆ファンタスティック・フォー

ラストサードの打開は前線4人、ファンタスティック・フォーの関わりに依る。それぞれ得意なプレー、現在の立ち位置を見ていこう。

・ヴィニシウス
左サイドでスペースを与えると危険だがスペースが無いエリアでボールを持たせる方がかえって危険かもしれなくなってきた。爆発的なスピードにプラスしてフィニッシュの上手さを鍛え上げ、続けて左足で質の高いクロス、シュートが打てるようになった。先季からゴール正面でプレーする事を覚え始め、自分のポジショニングが相手DFに与える影響を認知し始めた。何人先までが自分の影響下にあるのかを認知してラストパスを供給できる選手。速い縦パスを受けて一瞬で前を向かれると手が付けられない。サイドの広いスペースで1vs1させていた方がまだマシで、さらに今季は同様のスピードを持ちシュート性能が最高クラスのエンバペが近くでプレーしているので何をさせても危険。強気にPAアタックを連発する時間帯がどの試合でも最低15分はあり、この時間帯は対戦相手はとにかく耐えるしかない。
判定に文句を言うというか、大きなリアクションで異を唱える事もおそらく彼なりの気分を乗せていくパフォーマンスの一種で、特にホームスタジアムではスタンドのサポートを得て一気に熱量が高まる。対戦相手は勝手に熱量をあげて勝手に警告を受けるパターンを期待したい。

・ロドリゴ
3トップの中では一番柔軟性があり引き出しも多い選手だが、ストライカーでもWGでもない不思議なプレースタイルは時間を経て他のクラブだとあまり受け入れられないような気もしてきた。マドリー専用機なのかもしれない。
ボールをプレーする事が上手く自信もあるのでピッチ上のどこに自分を置いてもゴールへ向かう道筋をイメージする事ができる賢い選手。縦パスのレシーブも相当上手くIHとしてもワールドクラスであろう。やれる事が多いためエンバペ&ヴィニシウスのポジションが決まった後に自分を配置する事が多い。足を止めたドリブル突破よりも細かなコンビネーションで侵入していくプレーを得意とするところがこのチームの右サイドに合っている。引いた相手を崩す主役になる選手。時々左サイドに顔を出すとヴィニシウスと距離を近くして強烈なシュートを打つ。また、一試合に一回くらいはエンバペより速いんじゃないかというスピードで裏抜けをキメる。

・エンバペ
迷いのあったポジショニングが改善され、手が付けられなくなってきた。
・DFに張り付き
・ライン間でMFの背中
・MFより手前
の3つのポジショニングを使い分け、"爆発的なスピードを持っているFWが今どこにいるのかを相手チームに確認させ続ける"というストレスを与えるようになった。そもそもMFの手前からでも裏抜けできそうなスピードがある。
もう一つ良くなったのはクロスの関与で、特に左サイドから侵入している際にボールに近寄りすぎる悪癖が改善されている。

2人目まではヴィニシウスの影響下。
エンバペはその向こう側へ入り込む。

突進してくるヴィニシウスがSBとカバーのCB両方の影響を持っていく事を認知し、自分はその背後。パスとは思えないスピードの折り返しも確実に枠に飛ばす能力を持つ。

ヴィニシウスが縦にいけば空いたマイナスに侵入

ヴィニシウスの選択が縦であれば、CBが連れていかれたマイナスのスペースに入り直してフリーで折り返しを待つ。このパターンでヴィニシウスの突破を邪魔する事なく、自身の得点能力を活かす形を作り出した。この形が飛び出すと明確な止める手段は特にない。頑張りましょう。

・ベリンガム
パーフェクトフットボーラーはまだ21歳だそうです。ラウル・アセンシオと同い年。アトレティコで言うとパブロ・バリオスと同い年。
やれないポジションはないでしょう。体力があるのである程度エリアを絞らず動かした方が便利。狭いエリアでボールを受ける事ができるのと長いレンジのキックを蹴れるのでライン間でサイドを変えるプレーをさせると無敵。ハイボールにも強く再奪回も上手い。スピードがあって点が取れる。弱点はない。
今季は前線のスピードを活かすためにビルドアップに参加する仕事が増えると同時に守備タスクが重くなる傾向が強かったが徐々にバランスが取れてきた。ベリンガムがどこでボールに関与しているかがその時のマドリーの重心を表す。クロスに入り込むのが上手いのでエンバペの後方から侵入してシュートを決める。ヴィニシウスに対してでさえ自分が「使っている」感覚のある選手で、マドリーの中心に立つ。彼のいない1stレグの過ごし方はマドリーにとってもアトレティコにとっても非常に重要になる。


●守備

◆プレス策

守備の改善テーマは簡単である。「ピッチにいる選手のうち2人が守備貢献ゼロ」である事が問題なら解決策は一つしかない。ヴィニシウスとエンバペが守備をする事である。
彼らのようなスピードと決定力を持つ選手は守備で汗をかく事よりも前線に残って90分間ずっと相手ゴールを狙い続けている方が危険である事は自明。エンバペが前に突っ立っていれば相手チームは最低2人は後方待機が必要になり、それ自体は大きな守備貢献なのだが、2人は駄目だ。現代サッカーはそれを許さない。

ならば守備をしてもらう。尚この2人、「前線に残っている方がチーム貢献になる」と思っている以上にそもそも守備の素養がなく端的に言うと下手である。特にヴィニシウス。4-4-2の最前線をこの2人のセットでやらせると相手を追い込めない事は先ほど書いた通りで、どうすれば上手くハメられるかもわかっていない上に飽きて何度も繰り返し追いかける事をしない。犬で言うと柴犬。ボール遊びに数回で飽きる。

という事で一旦変更した事はトップ下のベリンガムが4-4-2の左に移動するのを辞める事。主にヴィニシウスが左に降りていくがヴィニシウスとエンバペどちらかが左に行きなさいという設定をやり始めた。もっと言うと2人が同じ列にいる事をやめなさいという設定を作った。

一旦ヴィニシウスが左SHに入っていた時期

元はと言えば2人が守備しないからとベリンガムに無理させているのが異常である。ベリンガムは相手CBに食いつく事も多少自重するようになり、4-4-2の4と2の間にスペースが出来すぎる状況を改善するに至った。

この形は年明け頃から見られていたが、マドリーダービーでは再びこれまでの通りヴィニシウスとエンバペを最前線に並べる形を採用した。これはおそらくアンチェロッティがアトレティコの右サイド(ジョレンテ、デ・パウル、ジュリアーノ・シメオネ)相手にヴィニシウスが守備をするのは危険と考えたと思われる。実際アトレティコはデ・パウルが左SH(ベリンガム)の背中でボールを引き出して前進する形を使っており、侵入を繰り返していた。

23節マドリーvsアトレティコより

また攻撃時はベリンガムがゴール前まで入り込むためアトレティコはキーパーキャッチからこの箇所をトランジションで突く形を多用していた。CLプレーオフのマンチェスターシティ戦でも同様にヴィニシウスとエンバペが前。

マンチェスターシティ戦の非保持形

この日は"相手CB(とGK)をあまり追いかけなくて良い"という設計に2人が従順に従って中盤ラインに近づいて守備をした。ロドリが不在だったとはいえこれでマンチェスターシティの中盤に余裕を与えず外回りにボールを運ばせる理想的な守備を作り上げた。このシーンはその後のミーティングで使って2人を褒めまくったはず。成功体験は大事。ヴィニシウスとエンバペには「これくらいやればいいのか」あるいは「これくらいやらないといけないのか」を認識するためにはある程度の強度の試合が必要で、アトレティコ戦とマンチェスターシティ戦で自分達の貢献がチームを助けた実感を得た。あとはさじ加減。どの程度やるか。どの程度諦めるか。簡単な事のような話だがこれをやるまでに開幕から5ヶ月弱かかっているのだから大変な事なのでしょう。

これで別に"マドリーの守備はここが凄い"的なものがあるわけではないが"普通になった"。結果としてCHが前向きにボールを奪うなどポジティブな要素が出てきて、ついでにボールを奪った瞬間ベリンガムがなるべくピッチ中央にいた方が良いに決まっている。ヴィニシウスにしても最前線に突っ立っていようがMFライン付近にいようが瞬時にカウンターの先頭に立てる事に変わりはないので、とりあえず"どちらでも良い"環境を作るには至っている。ヴィニシウスがゆっくりドリブルスタートしてくれた方がチーム全体が付いてこれるので即時奪回を設計するなら前に残さない方が良さそうでもある。
ビルドアップの改善を追いかけるようにこの守備改善が出てきたのも良かった点で、無理に前線からボールを奪いに行かずともじっくり守ってじっくり進めば良い実感を育んでいったのは健全だった。アンチェロッティはこういう、ミクロで見ればさっさと改善すべき事象をじっくりと解消していきながらあるべき姿にたどり着くのが本当に上手い監督である。だからこそセバージョスが不在でベリンガムもいない1stレグは"マドリーが正しくビルドアップを行えるか"が守備にも大きな影響を与えていく。ビルドアップができずに「それならば前からボールを奪おう」となれば悪癖が姿を見せる可能性があり、ここは繊細な箇所になる。アトレティコはそのための前プレを選択する時間を作る可能性がある。
とはいえ、改善した事に変わりはない。ヴィニシウスとエンバペが当社比で真面目に守備に取り組む状況が続けば、一年後にはマドリーの守備が酷かった事さえ人々の記憶から消えていき、残るのは「キリアン・エンバペは加入初年度の前半戦で●●点取った」という結果だけだ。


◆最終ライン

怪我人続出の最終ラインだが、ラウル・アセンシオの登場で一定のバランスを得た。それにしてもミリトンとカルバハルがいなくてアラバも復帰前だったのに補強をしなかったのは意地にも近い拘りを感じる。

アセンシオはスピードとゴール前の危機管理に長けておりギリギリのところでピンチを救えるタイプ。ミリトンほど信頼感があるかと言えばまだ経験値が少ない選手で変な溝を生む事があるがアスリート能力でどうにかする。また、●攻撃の項で書いた通りボール保持に貢献する事でチームの守備機会そのものを減らせる選手である事も大きな要素である。このチームはボールを持っていればすぐに得点になる可能性を持つので。
コンビを組むのがリュディガーである事はアセンシオ、チュアメニの大きな助けになっている。リュディガーはエキセントリックなイメージも強いが右と左、2CBと3CB、あるいはSB、ハイボールゲームとゴール前撤退、ボール保持、さらには攻撃参加と苦手な環境が基本的に無い。どんなチーム状況、どんな試合展開でも最適解となれるタイプという意味では現在世界一万能なCBと言って良い。そしてコンビを組む相手を選ばない。不慣れな相棒と組む選手としてはあまりにも便利で教材としても贅沢な選手。彼がいて良かった。

左SBは●攻撃の項で書いた通り環境とアンチェロッティの好みに依る。個人的にこの2人の優先順位はあまりわからない。ちなみにご想像の通り私はメンディがかなり好みである。

右SBはキャリアの絶頂期を迎えていたカルバハルが離脱すればどんなチームでも苦しむ。残念だ。ここにルーカス・バスケスがいる事はこのチームの幸運だが、今季は快速アタッカーと対峙させられた時にスピードで苦しむ機会が多く疑問視されている。そういえば彼は元来WGである事を数年ぶりに思い出すなど。ここにバルベルデを置く最適解を発明しているがバスケスが健康であればキャプテンマークを巻く彼が起用される可能性が高い。水準以上のスピードを持つアセンシオが起用される事もあるが、せっかくの機会なので彼はCBに固定してあげたいところ。


◆世界最高のGKは誰か

最後尾にはクルトワがいる。アトレティコのヤン・オブラク同様、シュートを打ってもらう事が最適な守備に成り得るほどのシュートストップ能力を持つ。デカくて速い。アトレティコほど守備に人数を割かないマドリーでプレーしている事を考えれば毎試合スーパーセーブを連発しているクルトワの方がよっぽど凄い。ビッグマッチになるほど集中力が高まり相手を絶望させる選手。マドリーから得点を取るには「キーパーはノーチャンス」なシュートである必要が常に求められる。時々ノーチャンスも止める。


●交代策

ヴィニシウスとエンバペ、ベリンガム(1stレグは出場停止)を途中で交代する選択肢は基本的にない。3点差つくか誰もが納得する逃げ切り体制の時以外はこの3人はフル出場するだろう。そうなるとプランBを持ちにくくなるのは銀河系軍団の宿命である。

展開を変える役割を担当するのは主にブラヒム・ディアスである。彼は3トップ全員+ベリンガムをバックアップして前線どのポジションでも高いクオリティがある。スペースがあれば1vs1で勝負できて狭いエリアでボールを受ける事もできる。ペナ角で周囲と細かいパス交換で打開していくのは得意のプレーで、左右の足で遜色なくシュートが打てる。ミラン時代は宇宙開発担当だった印象だがマドリーに来て枠に飛ぶようになった。彼の登場で、DFが背後を警戒するだけでは手前の侵入が止まらなくなる展開が対戦相手には厄介である。ベリンガムの欠場で1stレグではスタメン出場の可能性が高いが、彼をベンチに置けない事が試合終盤にどう影響があるかは注目ポイントとなる。
アルダ・ギュレルも起用法はブラヒム・ディアスとほぼ変わらない。彼は右orトップ下がメイン。テクニカルな足技を武器とするがゴール前の混戦でシュートを枠に飛ばすのが上手く、試合終盤のスクランブルで出てくると警戒が強まる。エンドリッキはストライカータイプだが守備の貢献がヴィニシウス並みかそれ以上に少ない選手なのでCLで登場するシーンではすでに試合が決している場合が多そう。

セバージョスのいない中盤の選択肢は注目ポイント。バルベルデの右SB起用は試合終盤の追い込みフェーズに限定される試合もあるのでバルベルデ&カマヴィンガがスタメンでペースチェンジャーとしてモドリッチをベンチに残す事が想定される。CB兼用のチュアメニはベンチに置きたい。


●セットプレー

コーナーキックは主にロドリゴが蹴る。いる時はモドリッチ。
左右の差分がヴィニシウスの関与で、左からのCKは主にヴィニシウスがショートコーナーを受けてドリブルを突っかける形を使う。そもそも相手が2人いる状態でもドリブルで侵入できる選手なので毎回気を使って守る必要がある。アトレティコはここにジョレンテを駆り出される事で中央の高さが若干落ちる可能性がある。ゴール前ではリュディガーが問答無用でボールにコンタクトしてきて危険。右からの場合はファーサイドを狙った先にヴィニシウスが待っている形を多用。これはこれでゴール方向へドリブルを開始できるので危険。
直接FKはほぼ全員良いキックが蹴れそうだがゴール正面だとバルベルデの強烈なキックが危険。あとはロドリゴが上手い。

守りのCKではニアに2,3人でかい選手が飛び込んでくる形に弱い。まともにヘディングしてもクルトワが止めるので対戦相手は速いボールでニアフリックを意識したいところ。



●vsアトレティコ

1stレグの予想配置。

1stレグ予想メンバー

マドリーはベリンガムとセバージョスが欠場する事で試合途中で変更点を持つのが難しい試合になる。だからこそアトレティコは前半は自陣で守備の確認事項を潰していきながら後半に能動的に得点を奪いにいく形が予想される。いつも通り。お互いに何度も対戦し合っている同時で、不確定な要素はほぼ無い。マドリーで言えばアセンシオ、アトレティコで言えばジュリアーノ・シメオネが今季の不確定だったが前回対戦でお互いの存在を把握済。ジュリアーノはアセンシオ、フラン・ガルシアに完封された試合であり、一つは打開点を作る試合にしたい。

スタメン配置は毎度の事ながらアトレティコの方が不確定要素が多い。アトレティコはアウェーの1stレグは同点通過が理想で、そのための方法論として国王杯バルサ戦でギャラガーを左SHに置く形を再度テストしたが、4失点と微妙な結果に終わった。ギャラガー&ハビ・ガランのサイドをヤマルに突破されたのも印象が悪い。前回対戦で活路を作った左サイドのプレス回避を成立させるためにはリーノが必要。
コケが欠場するCHはジョレンテの活躍が目立っているが、ヴィニシウスの対応にジョレンテ+モリーナを使いたいので中盤はバリオスに頑張ってもらう。特に1stレグはデ・パウルとバリオスのフル出場が必要。デ・パウルは自身最大の特徴であり、マドリー守備の泣き所であるサイドフローで前進を作る。2トップは最近グリーズマンが右に流れる形を多用。前回対戦では左のロンドに関与する事でチームを動かしたが、どうするか。

23節マドリーvsアトレティコより

守備陣形を考えると左にいてくれた方が安定はしそう。



●まとめ

先季の2冠クラブにエンバペが来た。しかしマドリーはマドリーなりに課題の改善に挑んだシーズン前半戦であった。改善さえしてしまえば怖いものはないんだが、如何せん「改善とは何か」というジャンルの問題を抱えていた。もしかすると次の試合では60分まで圧倒的にボールを握っていて気を抜いたら簡単に打開されて失点するかもしれない。そういう危うさ、不安な感覚は今も引き続きある。大事なのは攻撃に掛かっている時間帯にしっかりと先制点を奪う事。それができればこのチームの弱点を隠して戦う事ができる。
対戦するアトレティコとしては耐える時間を耐える事。そして攻撃に転じた時に今度はワンチャンスを得点に繋げる事だ。アトレティコはワンチャンスを決めきるタレントを補強してきた。それは自分達より強い相手をスコアで上回るため。アルバレス、スルロットの存在価値を証明するためのビッグマッチとなる。

レアル・マドリーはタイトルを獲るために存在し、アトレティコ・デ・マドリーはレアル・マドリーに勝つために存在する。いつだって決戦だ。楽しみましょう。180分間の試合は180分だけの戦いじゃない。過去の因縁にタイムスリップしながら、未来への希望に想いを馳せながら、今年のベストバウトに期待しようじゃないか。


2025/03/04
サンティアゴ・ベルナベウ
CL24-25 Round16 1stLeg
マドリーvsアトレティコ


ここから先は、独り言。


●余談

レアル・マドリーが大好きだ。

ここから先は

2,290字

¥ 200

PayPay
PayPayで支払うと抽選でお得

この記事が参加している募集

いただいたサポートは全てアトレティコ関連のアウトプットに生かします。