NBAが世界で最もイノベーティブなスポーツ・リーグだと言われる理由
とある企業で、「イノベーションを起こす」ことを仕事にしています。最初は仕事として飛び込んだ世界ですが、Life Missionに変わって来ています。カルチャー、スポーツ、イノベーション、ビジネス、デザイン、スタートアップなど幅広いジャンルについて好きなことを書いていきたいと思っています。
記念すべき第一回は(私が大好きな)NBAが何故世界で最もイノベーティブなスポーツ・リーグと言われるのかをご紹介したいと思います。
NBAとは
NBAは、北米で展開する男子プロバスケットボールリーグであり、30チームのうち29チームがアメリカ合衆国、1チームがカナダを本拠としている。また、国際バスケットボール連盟に加盟しているUSAバスケットボールのアクティブ・メンバーのひとつであり、北米4大プロスポーツリーグのひとつである。 - Wikipediaより引用
NBAの成長率
まずは、こちらNBAのRevenueに関するデータをご覧ください。2018年までと少し古いのですが、2009年から2018年にかけての10年間で実に229%の成長をしています(リーマン・ショックが起きたのは2008年9月)
また、Forbesが発表した「The World's Highest-Paid Athletes 2020」という記事もご覧下さい。5番目になって漸く最初のNBA選手レブロン・ジェームスが出てくるので大したことないじゃんと思う方もいるかもしれません。ですが、NBAにはサラリー・キャップというチームが選手に払える年俸に制限をつけるルールがあります。一方、欧州サッカーには制限がなく、ビッグチームは収入の多くを選手獲得費用に注ぎ込むモデルとなっています。
特筆すべきは、同記事にあるこちらの表。
Top 100に入っている選手のうち35名はNBA選手、2位のアメフト(NFL)は31名と人数こそは近いものの、金額ベースではまだ開きがあり、NBAとその選手には圧倒的なEaring Power(収益力)があると言えます。
何故NBAはEaring Powerがあるのか
様々な解釈が出来ると思いますが、私の解釈を一言でいうと、「NBAというプロダクトのブランド力と、NBA選手というプロダクトのブランド力が、互いのブランドを向上させる仕組みが出来ている」ため。なので、NBA選手は所属しているチーム以外から大きな収入を得ること出来ています。
NBAというプロダクト
突然ですが、「NBAというプロダクト」と言われた時に何を思いますか?(サッカー・ファンであれば「Jリーグというプロダクト」、野球ファンであれば「NPBというプロダクト」に置き換えて頂いて良いと思います)
「NBAというプロダクト」には、 各チームや選手、その人気、試合の面白さ、シーズンの面白さ、ストーリー。マーチェンダイスなどの物販、試合動画へのAccessability、視聴体験、Live性、観戦体験などなど、様々なものが含まれます。これらは、主にユーザーがNBAという商品の消費体験に関連するところですね。この辺りは何となく皆さんも想像が出来ると思います。
NBAの凄いところは、「NBAというプロダクト」は上記のユーザー体験だけではない、ということを理解していることです。
ユーザーの関心
ユーザーが愛してやまないプロダクトを作るためには、様々なことをしないといけません。現代においてはとりわけ、社会をどの様に変えていきたいと考えているか(ProposeやMission)、そのメッセージを伝える能力、そしてそれを実現する為に実際にどの様なことを行っているのかが何よりも重要です。インターネットの存在によって、現代の消費者はEducated(教養や知識がある)であり、自分自身の意見を持っています。その為、企業が「ESGに力をいれています」と表明する程度では、その問題を解決する為に本気で向き合っていないことが筒抜けとなります。
具体的に「何を、何処で、どうしている」のか、場合によっては「何を目的にどのNPOに幾ら寄付したのか」という具体的なアクションの透明性を求めています。
その理由は非常に単純で、社会の一部である企業(とりわけ大きくて余裕のある企業)が社会に貢献することは当たり前なので、ちゃんと行動をしてそれを見せるべきだという考え方がベースにあるためです。また、自分が使ったお金が社会の中でどの様に循環して回っていっていのか、ということに対するユーザーの関心が高まっていることが背景にあります。
NBAがしていること
Social Equality, Empowerment of Players, Digitalization, Globalizationをキーワードに、現在Orlandoで行われているNBAバブルの中で行われていることを事例として紹介していきたいと思います。
NBAバブル?
閑話休題、NBAバブルとは
フロリダ州ベイレイクにあるウォルトディズニーワールドのオーランド近くにある隔離ゾーンで、全米バスケットボール協会がCOVID-19からプレーヤーを保護するために作成しました。(Wikipedia抜粋)
詳細は割愛しますが、Playoffに進出する可能性が残されていた22チームの選手、スタッフ、審判、運営関係者、プレスなどを全員一箇所に集めた隔離ゾーンでシーズンを再開し、今季の残りの試合を全てバブルの中で行われる予定となっています。
WHOLE NEW GAME
NBAはバブルでシーズンを再開するにあたって、「WHOLE NEW GAME」というスローガンを掲げました。NBAの公式ブログには「A whole new look, for a whole new NBA game experience」というポストも上げられるほど。
これまでの試合は全て各チームのアリーナで行われてきましたが、バブルでは特設された会場で試合を行います。つまり、NBAにとってはゼロから会場をデザイン出来るまたとないチャンスであり、実験場と捉えました。NBAはコロナ禍における仮設会場というネガティブな状況を、新しいバスケ体験を試す実験の場として産み出します。まさにこの発想と、実際にそれを実行してしまう革新性が多くのファンに愛されるイノベーティブな要因です。
カメラの配置
通常のアリーナでは12個のカメラが使用されているのに対して、バブルではCourtside VisionやFree-Throw Line Cameraなど、20個以上のカメラが使用されています。
通常、Courtside Visionは超高額なチケット代を払った人しか見れない視点で、多くのファンに取ってはこれが初めてです(30年にわたりNBAを見てきていますが、私自身もこの視点で見るのは初めてで、やっぱり選手の背が高いんだなと妙に関心してしまいました)。NBAはモニターを取っており、結果が良好であれば、コートサイドの視点で視聴出来るプレミアム・サービスなどの展開が将来出てくるかもしれません(しかもVRで)。
NBAが新しいカメラ視点を試すのは今回が初めてではなく、昨年のクリスマス・ゲーム(12月25日に行われる一連の試合のことを指し、注目されるチームで試合が組まれる。視聴率がとても高い)の中でも注目度が最も高かったLAレイカーズ vs LAクリッパーズの試合でも実験的に行われました。この時は、『(NBA2Kという)ゲームみたい」という意見が多かったです。
eSports
近年、ゲームとNBAの関係性はかなり密接になってきています。まず、NBAはeSportsが今後大きく成長するを見ており、米国の4大リーグの中で一番最初にeSportsのプロ・リーグを傘下に作りました。
また、バブルで実験されているカメラ視点の一つにFree-Throw Line Cameraというのがありますが、これはまさにNBA2Kのゲーム視点です。以下の画像はNBA2Kのものであるが、試合がこの視点で放映されており(厳密にはESPN3というESPNのサブ・チャンネルにて)ゲーマー層をNBAが強く意識していることがわかります。
Social Justice
本記事のバナーにもありますが、バブルの試合会場となるところには「Black Lives Matter」と大きくコートに書かれています。もちろんこれは直近で言えばGeorge Flyod事件を発端とした、プロテストやSocial Justice, Social Equalityを求める一連の社会運動に関連しています。全選手の75%が黒人系であるNBAはアメリカの中でもBlack Lives Matter運動にいち早く賛同を表明した団体ですが、黒人に対する差別の問題とNBAの歴史はかなり古い歴史があります。
本題からズレてしまうので、歴史を語ることはしませんが1960年代からSocial Equalityとの戦いは始まっており、モハメド・アリが徴兵を拒否した有名な記者会見の隣にカリーム・アブドゥル=ジャバーという殿堂入りした選手が座っていることはNBAファンの間では有名です。
現代においては、選手会会長であるクリス・ポール、レブロン・ジェームス、カーメロー・アンソニーなどのトップ選手がSocail Equalityという議題を社会問題としてもっとみんなで議論し、直していくべきだということを訴えていきます。現代でも根深く続く黒人差別やSocial Equalityが漸く、米国社会ひいては世界全体で語られる様になったことに実はNBA選手が大きく寄与しています。
2017年にレブロンがナイキと一緒に発売したシューズ
この様な背景もあり、今年全米中で起きた多くのProtestにNBA選手がムーブメントのリーダーとしてサポートを表明し、多くのアクションをリードしていました。
一方、バブルでシーズンを再開する構想を練っていた渦中でGeorge Flyod事件が行った為、「今はバスケをしている場合ではない」「バスケより大事なことが」があるという意見が多くの選手から出てきました。同時に、試合が再開されれば多くの人が注目するようになるので、Black Lives Matterを発信していくのに絶好なプラットフォームである、という意見もありました。最終的には後者のメリットを選手たちが見出し、シーズンが再開されることとなりました。
Social Justice Jereseys
ユニフォームの後ろ上部には本来、選手の名前が書かれているのですが、NBAと選手会は29個の「Social Statement」を名前と置き換えることを認めます。認められた29個は「Black Lives Matter」「Vote」「 I Can't Breathe」「Peace」「Equality」「Freedom」「Listen」「Speak Up」「Education Reform」など多岐にわたり、バブルに参加した全300選手の内、285選手が何かしらのメッセージを、本来名前がある場所に、置き換えています。
この決定は正直なところ、賛否両論が色々とありました。でも、批判が例え多くとも、例え一部のファンを失うことになったとしても、正しいと思うことをするという姿勢は素晴らしいと思います。
尚、NBAには外国人選手が108人いて、名実共に国際化が進んでいるのですが、Social Justice Jereseysも例外ではありませんでした。例えば、スロベニア出身のルカ・ドンチッチ選手はスロベニア語で「Equality(平等)」を意味する「Enakopravnost」を選んでおり、他の外国人選手の多くが母国語でメッセージを発信しています。
一人一人の意見
2016年に、警察官による黒人への不当な暴力を訴え国家斉唱中に片膝をついた元NFL選手のコリン・キャパニックの行動は当時物議を醸しました。(後にNFLは「演奏中に選手たちが起立することを奨励するが強制ではない」という声明を出しますがキャパニックは実質的にNFLから追放され、今現在もNFLは白人中心思想の象徴の様に見られてしまっているところがあります)
以来、片膝をつく行為はBlack Lives Mattersの象徴の一つとなっているのですが、バブルでシーズンが再開された時も全チームの全選手が国歌斉唱中にBlack Lives MatterのTシャツを来て、片膝をつきました。たった一人の選手をのぞいて。
Orlando MagicのJonathan Isaac選手はこの行動を「私自身はBlack Livesをサポートしているが、この様な方法ではない。私の人生はイエス・キリストによってサポートされている」と宗教上、もう少し言うと彼個人の信念によってとったものと説明しています。NBAや他の選手はもちろんこれをサポートし、何もなかったかのように過ぎ去っていったのがとても印象的でした。
この様にNBAとNBA選手は一人一人の意見、考え方、宗教、信念・信条(Beliefs)を尊重していることがわかります。NBAは、選手が自身のプラットフォームを使って発信し、社会の、世の中のリーダーになって貰うことがNBAというプロダクトの為にも、社会問題を解決するためにも、良いことであることを理解しています。
レブロン・ジェームスのプラットフォーム
NBA選手が持っているプラットフォームをどういうものなのか、レブロン・ジェームスを例にご紹介したいと思います。一つだけ注意点なのですが、レブロン・ジェームスがこれだけのプラットフォームを持てたからこそ、他のNBA選手もそれに続くことが出来た、という要素もあります。
レブロンには、インスタグラムは7千万人、ツィッターは5千万人弱のフォロワーがいます。それだけでも巨大なプラットフォームですが、レブロンの凄いところは、自分のTV Production Company(Spring Hill Entertainment)やアスリートのエンパワーメントを目的としたマルチ・メディア・プラットフォーム(Uninterruputed)を持っていることです。こうしたプラットフォームを使って、レブロンはTV番組だけでなく、様々なメディア・コンテンツを作り、選手のエンパワーメント、差別問題、教育問題など様々な社会問題に対して発信をし、Awarnessを気づいて行きます。特にUninterruptedは米国のスポーツ界における存在感がとても大きく、強力な発信力を持つに育っています。
最近、Spring Hill Entertainment、Uninterrupted、ブランドとカルチャー・エイジェンシーであるRobot Companyの3社を対象に1億ドル(約100億円)の出資を受けました。彼(とパートナーのマーベリック)が作りあげたプラットフォームの価値の高さ、リーチの凄さを物語っていると思います。
さらに、レブロンはI Promise Schoolという学校を地元のアクロンに創設したり、直近ではMore Than a Voteという黒人の投票者をサポートするNPOプログラムを立ち上げたりしています。
ただ、ここまでの道のりは順風ではなく人権に関する発言を恐れなかったレブロンに「Shut up and Dribble(黙ってドリブルしておけ)」と批判する声が上がったり、人権問題を政治的な内容として意図的に曲げられた報道をされてしまったりする中で、自身の声が持つ力と自分の声を正しく人に届ける媒体を持つ必要性に気付き、こうしたプラットフォームを築いていた経緯があります。彼が作った一つの成功モデルと与えられるインパクトを見て、Production Houseを自分で持ち、自分のブランド力を高めつつ、発信をする選手が非常に多くなりました。他にも、シリコンバレーのTech企業に投資をする選手が増えてきており、自分のブランド力を高めることが商業的な成功と発信力の増大に繋がることを良く理解しています。
この様にNBAは、選手をエンパワーメントし、世間に「見える顔」を与え、発信するプラット・フォームを作っていくことが、NBAというプロダクトを良くすることと、世の中を正しい方向に向かわせることに繋がると考えています。
終わりに
一通り、私のNBA熱を出させて頂きました(笑)が、選手のパフォーマンスを計測する為にアドバンスド・アナリティクスを使っている超Tech Heavyなところとか、本当のEqualityを成し遂げるためにチームのオーナー陣に有色人種を増やすことを真剣に考えているとか、まだまだ色々とあります。
ただ、私の熱はさておきながら、日本人として、ビジネス・マンとして、マーケッターとして、ファンとして、社会の中にいる一人の人間として考えさせられること、学べることが多いのではないかと思います。
次回はもう少しライトな話題にしたいと思います。是非フォローください。
後書き
本記事の下書きを書き終えたところで、Jacob Blakeがウィスコンシン警察の警察官に背後から7発発砲される事件が起きました。これに対し、首位を走っていたミルウォーキー・バックス(ウィスコンシン州)がプレイオフの試合をボイコットしました。他のチームもこれに続き同日は全試合中止、シーズンを続けるのか選手全員が集まり話し合いが行われました(8月27日現在、タイミングを見て再開する可能性が濃厚)。NBAの他、WNBA、MLB、MLSも試合を中止しています。
Jacob Blake Shootingについては私自身がまだ十分な知識を持っていないので何とも言えないのですが、7発というのは明らかに過度だと思います。キャパニックが片膝をついた2016年8月26日の4年後である2020年8月26日に全く同じ悲惨な事件が繰り返されてしまっていることは本当に悲しいことだと思います。
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