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瀬戸内海横断記 part2

Day3 気分は村上海賊① 

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 朝 9 時、コンビニのイートインスペースの一角では、ウエットスーツを着た若い男 2 人が、どこか怪訝そうな顔をしながら、窓の先に広がる穏やかな海をにらんでいた。

 この日僕らは、この先に待ち構えている「鼻栗瀬戸」、「船折瀬戸」という難所を突破しなくてはいけなかった。「瀬戸」とは、陸と陸の間の海、特に狭い海峡を表す。この 2 つの地点は、どちらも潮の流れが激しく、昔からこの場所を通る船乗りを苦しめた。そんな場所だ。これは、迂回すべきかもしれないという考えが 2 人の脳裏をかすめた。しかし、この難所を迂回した場合、時間的余裕のない僕らにとっては、大西洋からケープタウン経由でインド洋に行くようなものであり、いわばこれらの地点は、スエズ運河になり得た。

 結局、僕らは 1 時間の激しい議論の末、潮止まりの時間に、この難所をそれぞれ突破しようと結論付けた。潮止まりとは、満ち潮から干き潮、もしくはその逆の場合の変わり目の時に、潮の流れが止まる瞬間であり、海面は全く波のない静かな湖面のようになる。失敗したら言葉通り、海の藻屑かなと思いながらも、僕らは賭けに出ることにした。

 多々羅から 5km 先の初めの難所、鼻栗瀬戸は、潮汐アプリによると午前 10 時 30 分から午前 11 時 30 分の間のどこかで、潮止まりになると予報されていた。急いで昨日カヤックから引き揚げた荷物を、再び積み直し、午前 10 時 15 分ごろ出港する。

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鼻栗瀬戸編

 生口島と大三島を架ける巨大な多々羅大橋を真下から見上げる頃には、正面の伯方島を分岐点に、2 つの瀬戸が左右に分かれているのが見えた。僕らは、迷わず右の狭い瀬戸を選ぶ。少し漕いでいくと、かつては城があったという古城島が目の前に、はっきりと見えてくる。この先を左に沿っていけば直ぐに鼻栗瀬戸だ。カヤックは、スピードを上げ、くちばしのように突き出た船首は、水面を裂き、僕らの航跡を創る。そうして気づけば、この狭い瀬戸は、左の方へと大きなカーブを描いていた。

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 賭けは、ハズれた。遠目から見ても、明らかに白波がたっており、すぐに濁流という言葉が頭に浮んだ。この瀬戸の潮流は、最大で時速 13km にもなるらしい。ただ幸いの事に、潮流の流れは、僕らの針路と同じ方向である追潮であったので、可能な限り白波がたたない場所を選びながら進むことにした。しかし、それでも小刻みに波が、カヤックに勢いよく襲いかかる。その度に船体に弾き返された海水が、水しぶきとなって、漕いでいる僕の顔にかかり、口の中は生ぬるい塩気が支配した。それと同時に、合わせて 150 キロの荷物と人を運ぶカヤックの船体を、数秒こどに軽々と海面から浮かび上がらせた。その度に激しく上下に揺れるので、今日は船酔いがヤバいなと思いながら、そのスリルに浸った。目の前に広がる海は明らかに殺気だっており、僕らを海の藻屑にしようと企んでいる。なので、僕らはダブルパドルで漕いで、必死に抵抗した。

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 しかし、そんな時間は、あっという間に過ぎ去った。潮に乗ったカヤックは、急な下り坂を全力疾走するかのように海面を突き進む。周囲の景色は瞬く間に変わっていき、気がつけば大三島橋が後ろに見える。それは、ひとつの難所の終わりを告げる光景だった。

 後ろに座る友人 A の笑い声が耳元に聞こえる。それにつられて、僕も笑った。この瀬戸を、無事に生きて突破してやったという事実が、無性に嬉しかった。

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文責 庄子 隼人 (日本大学探検部)

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