議員なりすまし男の”政治への執着”とは
東京地裁 -刑事事件-
(審理)
2023年2月14日(火曜)14:00~15:30 813号法廷
罪名:建造物侵入・窃盗
被告人:A (勾留中)
※執行猶予判決が言い渡された為
被告人は、白色の長袖シャツに黒ズボンで、傍聴人に目をやったり、首を動かしたりと少々落ち着きがなかった。
本日の審理内容は、①情状証人尋問(母親)→②被告人質問→③論告求刑→④最終陳述である。
・「息子は、中学生の頃から政治に興味があった。」
まず、情状証人として被告人の母親が出廷した。母親は、一見して非常に若く見え、とても驚いた。スーツ姿で、やや茶髪を後ろで束ね、金色の小さなピアスをしている。ただ、見た目と裏腹に、証言には多々母親としての親心が窺える場面が多々あった。
はじめに、弁護人から質問。
弁護人:「事件当時は、同居していた?」
証人:「いいえ。自宅の近くのマンションで一人暮らしをしていた。」
弁護人:「子供の頃から、被告人は政治に興味があった?」
証人:「中学生の頃から国会中継を観たり、政治に関する本を読んでいた。」
弁護人:「警察官への興味は?」
証人:「私は小さい頃から『公務員になって欲しい』と言っていたから。」
弁護人:「自宅にあったピーポくん人形は?」
証人:「私が8~9歳の頃にプレゼントした。」
(くしくも家宅捜索の時には、その人形に丸の内庁舎で盗んだ腕章が掛けられ、飾られていた。)
弁護人:「被告人は、大学1年生の頃はどうだった?」
証人:「真面目に登校していた。ボランティア活動も積極的にやっていて、真面目に生活していた。ただ、コロナのせいで、大学2年生からリモート授業になり、深夜のアルバイトを始め、生活態度が荒れてきた。」
弁護人:「何か母親として、対応をとった?」
証人:「深夜バイトはやめて、勉強に専念してと言った。まじめに勉強しないのなら家を出ていってと言ったら、出ていった。」
弁護人:「被告人が逮捕されたと聞いた時は?」
証人:「非常に驚いた。なぜそんなことをしたのかと。」
弁護人:「子供時代の問題行動は?」
証人:「些細な嘘はつくが、問題行動はなかった。ただ、現実と本人の理想が乖離していたりと、落ち着きがなかった。」
(本件を惹起した理由の一つである、”現実と理想の乖離”が幼少期から存在していたようだ。)
弁護人:「なぜ、被告人は事件を起こしてしまったと?」
証人:「自己実現をするために、地道に努力することができず、周りに流され、長期目標を持てない。本人に不利益になると理解していても、安易な選択をしてしまう。生きづらさがあったと思う。」
弁護人:「社会に戻ったら、監視をしてもらえる?」
証人:「ハイ。息子は、思いやりのある、真面目な子だと、私は分かっている。執行猶予が付いたら一緒に同居して、責任を持って本人を支援する。」
次いで、検察官の質問であったが、社会復帰の具体的な支援内容と、勾留中の面会状況等を質問して終了した。
・「議員事務所でアルバイトをしていた」
これも、証人尋問同様に弁護人から。
弁護人:「あなたは、2019年3月に福井県内の高校を卒業後、2019年4月に東京の私立の4年制大学へ進学した?」
被告人:「ハイ。政治や法律を勉強したくて入学した。
弁護人:「政治への興味はいつから?」
被告人:「中学生の時から、世の中の政策や政治に興味があった。」
弁護人:「大学に入ってからはどんなことをした?」
被告人:「一年生の時は、政治学・法学・教職課程や、インターン、ボランティアサークルにも入っていた。」
弁護人:「途中で学費を払わず、学費未納除籍になった理由は?」
被告人:「2年生からコロナが流行り、リモートになって、授業を受けなくなり、深夜のアルバイトに熱が出てしまった。」
―――アルバイトについて。
弁護人:「アルバイトは他には?」
被告人:「議員会館でインターン、議員事務所でアルバイトをしていた。」
弁護人:「いつまで?」
被告人:「大学2年生の冬まで。」
弁護人:「具体的に業務内容は?」
被告人:「ポスター張りや、来客の対応、議員会館では書類の整理をしていた。」
弁護人:「アルバイト、インターン中は国会議事堂を出入りしていた?」
被告人:「特別なパスを持っていて、頻繁に出入りしていた。一般人と比べて、手荷物検査などもなかった。」
弁護人:「省庁や自民党本部には出入りしていた?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「政治の中枢に入れてどうだった?」
被告人:「やりたかった政治が身近になり、とてもやり甲斐があった。」
弁護人:「その後、政治関係の仕事は?」
被告人:「前回の参議院選では、候補者の支援の仕事をしていた。9月からは、候補者の事務員として正社員になる予定だった。」
弁護人:「住んでいる家の家賃は?」
被告人:「アルバイト生活から捻出していた。」
―――侵入の理由について
弁護人:「警視庁の丸の内庁舎には、なぜ入った?」
被告人:「中がどんな感じか見たかった。」
弁護人:「警察官への興味はあった?」
被告人:「警察官になりたくて、大学でも警察行政論などを受講していた。」
弁護人:「中に入って、何も声を掛けられなかった?」
被告人:「ハイ。カードキーの必要なドアも、前に通った警察官が開けていてくれた。」
弁護人:「毎回、開けてくれてくれた?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「なぜ、腕章を盗んだ?」
被告人:「ダンボールに山積みになっていたから。廃棄するものだろうと思って。」
弁護人:「なぜ廃棄すると思った?」
被告人:「腕章には『組対2課』と書かれていたが、その部署が無くなったことを知っているから。あと、日を置いて2・3回行っても、そのままだったから。」
弁護人:「ニセ議員バッチはなぜ購入した?」
被告人:「侵入する目的ではなく、7月に友人たちを会ったら、みんな就職が決まっていて、もう高卒だから政治家という仕事に就けないことへの劣等感があって、手に取ってみたかった。」
弁護人:「それで、劣等感が解消されると?」
被告人:「ハイ。それで、頑張ろうと。」
弁護人:「その後、そのバッチを使ってどうした?」
被告人:「スーツにバッチを付けて、8月21日に有楽町近辺、22日に永田町近辺を歩いた。永田町近辺を歩いた時には、歩いているだけで、警備員があいさつや敬礼をしてくれた。」
弁護人:「そしてどうした?」
被告人:「衆議院第一議員会館に入った。そこでは、衆議院広報のポスターの写真を撮った。これが初めて。」
弁護人:「なぜ、自民党本部に侵入した?」
被告人:「インターンで何度か入ったことがあり、内部の空気感を知りたかった。」
弁護人:「外務省はなぜ?」
被告人:「省庁の中ではトップクラスだから。」
弁護人:「警備員に声を掛けられた時に、外務省では『スズキ』、厚労省では『モリヤ』と言ったが、被告人の年齢に近い議員に成りすまそうとは考えなかった?」
被告人:「ハイ。考えませんでした。」
―――今後について
弁護人:「今後も、政治の仕事に就く?」
被告人:「今は、児童教育や福祉に興味があり、大学に通いなおしたい。」
弁護人:「5か月以上、勾留されているが、劣等感を得た当時に戻ったとして、今であればどうしようとする?」
被告人:「大学に通えば良かったなと。楽しようとした自分がいた。真面目に地道に進めば良かった。迷惑をかけてしまい、申し訳ない。」
弁護人:「お母さんの話を聞いて、どう?」
被告人:「今まで、お世話になっているのに、親孝行もできず、こういう場に呼んでしまい親不孝。」
弁護人:「もう二度と犯罪行為をしないと誓約できる?」
被告人:「ハイ。社会全体に多大な迷惑をかけた。信頼を取り戻そうと、今後ないようにする。」
次いで、検察官から。
検察官:「政治家になって、どんなことをしたかった?」
被告人:「児童教育、福祉に力を入れたかった。」
検察官:「具体的に?」
被告人:「家で誰にも勉強を教えてもらえない子供に、教育できる場を設けたい。」
検察官:「今後、欲しいモノが目の前にあったら、どうする?」
被告人:「周りの信頼を裏切ることはしたくない。」
検察官:「省庁などに侵入した理由は、敬礼をされて嬉しかったから?」
被告人:「ハイ。」
検察官:「盗んだ腕章は身につけて外出した?」
被告人:「いいえ。」
・「幼稚な犯行動機に酌量の余地はない。」
最後に、検察官側から論告。
「建造物侵入について、犯行態様が悪質である。6月頃から立て続けに侵入しており、常習的。犯行道具(議員バッチ等)を調達したという、計画的、悪質かつ幼稚なもので、犯行動機に酌量の余地がない。庁舎管理を変更させるという影響も与えた。
窃盗について、犯行態様が悪質であり、警察への侵入を繰り返し、常習的。腕章も着用すれば、悪用できるものであり、適切な管理を妨げた。規範意識も軽視されている。かつ、本件は模倣性が強く、本件を知って同種犯行に及ぶ者が現れるかもしれない。
求刑:懲役2年6月」
・「安易かつ幼稚な行動で、政治家への憧れを実現化した。」
弁護人からの弁論。
「大学でも本人なりに努力をしていた。しかし、コロナの影響により、生活が乱れ、オンライン会議の増加により、議員会館のアルバイトも減っていき、結果的になくなった。本件は、安易かつ幼稚な行動で、政治家への憧れを実現化したものである。
だが、丸の内庁舎については、被告人は単にスーツを着ていたのみで、積極的な作為行為(議員バッチも着用していなかった)をしておらず、関係者がドアを開けたままにしていたものである。また、立入禁止の掲示も本件当時に存在していたとは言い難く、本件後に掲示された看板も多々ある。したがって、犯行は悪質ではない。
また、窃盗については、腕章は既に使われなくなったものと考え窃取しており、実際に同課の腕章はハサミで裁断され、廃棄されていた。腕章を不法な行為に利用したことも、しようとも考えていなかった。
省庁等への侵入についても、いずれも入口では何ら声を掛けられることなく、中を歩き回るだけで違法な目的をもって侵入したものではない。
被告人は、本件犯行は短絡的で努力を怠ったと反省している。母親の監視・監督の誓約がある。5か月以上、勾留されており、実質的な刑罰ともいえる。社会的に耳目を集めた事件であり、社会的制裁もある。
よって、執行猶予に付し、短期の懲役刑が相当である。」
・被告人の最終陳述
「この度は、省庁管理者、警察関係者、社会のみなさんに多大なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。」
次回、判決が言い渡される。
―――15:04、閉廷。
・私見
被告人の犯行は、軽視することのできない。ただ、被告人は大学で真面目に「政治学」を学んでいた、報道当初に社会一般の人々が感じ取った印象とは真逆な、非常に正統で現実的な人のように感じる。
だが、被告人質問を聞いていると、”男性特有”の「幼稚さ」や「憧れ」、「ロマン」が強く垣間見れた。
現に私も、裁判を傍聴し始めたのは、「法曹」や「記者」への憧れからだ。さらには、「弁護士会館」にスーツ姿で行くと、”憧れ”からか弁護士になったようで気分が良い。実際に、「外務省」と「丸の内庁舎」には情報公開など正当な理由で入構したことがあるが、別世界のようなカッコよさ、空気感がある。
他方、被告人の犯行の”おかげ”で管理が強化された面も強く窺える。
いずれにしても、許されざるものではあるが、行き過ぎた”ロマン”からの、誰にでもあり得てしまうような犯行のように感じた。