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発達障害の定義とは?

前回のあらすじ、発達障害とは、"現代"社会と脳特性の不適合状態だ。

客観的なデータはないかなと、Google で[発達障害 人類 割合]と検索して、それらしいものをピックアップしてきた。

およそ10億の人々が、何らかの形の身体的、精神的もしくは感覚的な障害に苦しんでいる。それは世界人口のおよそ15パーセントにあたる。障害者のおよそ80パーセンの人々は開発途上国に住んでいる。彼らはしばしば社会の主流から取り残される。差別はいろいろな形態を取り、教育や働く機会を拒否することから、もっと巧妙な差別、たとえば物理的、社会的障害を作って隔離と孤立をはかることまでさまざまである。障害についての認識や概念を変えるには、社会のあらゆるレベルで価値観を変え、理解を深めなければならない。

国際連合広報センター


およそ10億の人々が、何らかの形の身体的、精神的もしくは感覚的な障害に苦しんでいる。それは世界人口のおよそ15パーセントにあたる。

国際連合広報センター

日本人が認識している発達障害の定義が、この国連の定義と合っているのかは引き続き調べる必要があるが、世界人口の15パーセントは様々な障害で苦しんでいる人がいると書いてある。まず客観的なデータとして世界の15パーセントは障害と定義された人であると考える。


次に、こちらは講談社が運営しているブルーバックスというニュース・コラムサイトである。Wikipediaには以下のように書いてあった。こうやって調べてみると素敵なものってあるんだなと改めて感じ、そしてブルーバックスのやっていることに共感し、応援したくなった。

ブルーバックスは、講談社が刊行している、自然科学科学技術の話題を一般読者向けに解説・啓蒙している新書シリーズである。1963年に創刊され、2018年時点でシリーズの数は2000点を超える。洋書の翻訳もある。
「科学は難解である」という先入観を払拭し、多角的観点からの研究を行い、多くの人々が科学への興味と科学的な視点を培うことを目標としているキャッチコピーは「科学をあなたのポケットに」。『マンガ パソコン通信入門』(画:永野のりこ)など漫画形式もある。
ブルーバックスの由来は、創刊の2年半前に人類史上初の有人宇宙飛行に成功した旧ソ連ユーリ・ガガーリンが発した「地球が青かった」という言葉に当時の編集部員が色めき立って[要出典]名付けられたものである[1]
講談社ブルーバックスのWebサイト上に一部の書籍の正誤表が公開されていた[2]2013年4月18日からブルーバックスの前書きを集めて公開するサイト「前書き図書館」をオープンしている[3]
2019年3月4日時点で、『相対性理論の世界』(B79)と『統計でウソをつく法英語版)』(B120)の2作が100刷を発行している[4]
科学や技術の研究者と市民を寄付募集などでつなぐ「ブルーバックス・アウトリーチ」(Bluebacks Outreach)というプロジェクトも実施している[5]

Wikipedia


ブルーバックスの記事に以下のものがあった。

自閉症スペクトラムと呼ばれているような障害は、実は障害でない。生物としての人類のバリエーション(変異)のひとつである。
自閉症スペクトラムは、本来は人類の、生息環境に対する適応の一つのあり方だというのが、本稿で紹介するニューロダイバーシテイ(脳多様性)という考え方にほかならない。

正高 信男
京都大学 霊長類研究所教授 認知神経科学

私が言いたいことはこうだ。
ゆくゆくは自分の言葉として話せたらいいなと思っているが、今は言葉を借りさせていただく。

記事のリンクに飛んでもらうために、気になってもらえそうな箇所を引用してくる。

京都市は古都という事情から、独自の景観条例をつくり、華美すぎると判断される店舗の外装を規制しており、その一環として黄色の使用も極力ひかえるように指導しているのであるが、

結果としてそれは自閉症者の色彩感覚に適した環境作りにもつながっている可能性が高いのである。

自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!
独特の色彩感覚

京都がパワースポットと言われやすいのはこういった理由もあるかもしれない。人が落ち着きやすい環境が歴史的にあるのだろう。

そして有史以降、時代を経るにつれて いわゆる「健常者」が(※1)が
マイノリテイを駆逐し、自分たちにのみ都合の良い状態へ生活環境を変えてきたというのが,今日の先進国社会の状況にほかならない。

(※1)文省略のため一部書き換えています。

自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!
多数派による「迫害」

マジョリティとマイノリティは共存できておらず、いまだに理解なき駆逐が続いているのだ。と思う。

自閉症スペクトラムには他の多くの遺伝的障害のようには、淘汰圧がかからなかったのだ。つまり存在意義があったと考える方が、自然ということになってくる。

自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!
実験からわかったこと

私が強く言いたいのはこれだ。
自閉症者がもし、現代社会では問題を起こしている人に見えたとしても
それには意義があるのだ。

そうやって、人類は生き延びてきたし、社会は発展してきたんだと思う。

この先の人類は、以前より過酷な環境で生きなくてはならないだろう。
しかし、今までの習慣やルールが崩壊した、次の”現代”社会ではきっと自閉症者が道を切り開いてくれるとそう私は信じている。


話しは今の"現代"社会に戻る。
ADHD(注意欠如多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム)が社会適応するためのスキルやアプローチはたくさんあるが、その大前提には"当事者の障害に対する理解が必要だ"とその人の環境も大事ですよと言われている。

そして、このnoteでやりたいことは、
発達障害の当事者の良き理解者を増やすことだ。

今は当事者が知識を付けることで、一人で戦っている状態だ。
当事者はもう十分頑張っているはずだ。
だから今度は、その当事者の家族や友人が知識を付けることで、良き理解者になってほしい。そういう人が増えてほしい。

強めに言えば、増えるべきだ
大義名分を掲げれば、人類存亡のために理解すべきだ

優しく言えば、私はそうやって、みんなで生きていきたいと思っている。

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