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顎関節症の社不日記-584日目

 かなり好きな音楽を紹介。ハイパーベンチレーションと読むぞ。 
 昔は音楽の歌詞には常に深い意味が無ければならない!という過激派だったのですが、考えれば考えるほど『感情ってその個人だけのもので、他人には言葉にしてもまったく伝わらない部分があるから、それを雰囲気と共に表すってのは凄いことだよな』となっていた時に出会った曲。 

 爽快なような陰鬱なような。自暴自棄に笑うような音楽。元々自分は特にどういったコミュニティに属することもなく、ひっそり小説を書くのが趣味の人間ですが、小説って個人的には喜劇よりも悲劇の方が合っていると思うし、個人的な趣向も悲劇の方が好きだ。

  なので悲しい物語を書こうと思ってチマチマやってるわけですが、悲しい時に悲しいことを書けても、楽しい時に悲しいことを書くのは難しい。なので悲しい曲(Sub UrbanのCradlesとか)を聞いて気分をそっちに持ってくわけですが、持っていけない時もある。そういう時にこのHyper Ventilationはちょうどいい。

 派手なくらいに強がって、急に冷める。英語と日本語の部分で対照的と言える歌詞は、躁鬱とでも、酒に酔った日の翌朝とでも。
 こういうのを文字で表現するのは自分の理想かもしれない。
 人間複雑というか、矛盾した生き物だ。子犬を蹴飛ばした人間が、翌日子猫を助けて死んだっておかしくない。感情や衝動は想像を絶するほど一個人の側面同士を乖離させる。
 もし羽が生えても、きっと邪魔だから捥いでくれよと歌詞は切れ、最後はまるで過呼吸(Hyper Ventilation)にでもなったような音で終わっていく。そうして聞いている側はこの音楽という夢から覚めるわけですね。

 悲劇ということでもう一つ紹介するのがこの曲。clarityは直訳すると明瞭さ、明晰さといった意味になります。 歌詞では依存に近い悲恋とでもいうような、直球な思いが綴られている。

 これはぜひYouTubeのMVとと一緒に見て欲しい! 見てください人の思いなんて砂粒一つほども動かせないのに、悲劇的な思いを傲慢なまでに美しく表現したMV! 
 途中のシーン、一分を過ぎたあたり。鏡合わせになった二つの物体の衝突、そうして破壊を経ることで生まれる幻想的な光景……このシーンなんて、まさにこの歌を表すそのものです。出会わなければ壊れなかった、出会わなければ生まれなかった。そしてもう戻らなくなった。自分の中では今まで見た中でも一、二を争うくらい好きなMVです。

 自分は恋とか愛とかそういうのがあんま分からない側の人間なので(恋をしたことがない)、そういうのもあって初見の頃はかなり新鮮に映りました。 こういう思い、一度は抱いて見てえ~~~~~と思ってる。


 Twitter(このアカウントと同名のもの)で普段、自分が生きていることを明らかにするためだけけに一日に一ツイートはしようという枷を課している。二週間なんも無かったら確実に死んでるからよろしくねとも。
 そんなTwitteではいつ何を話してもいいとは分かっているが、気が付けば何となく楽しそうな話題も悲しい話題も出来るだけせず、いつ見ても大した味の無いツイートをするということを心掛けるようになっていた。
 悲しいツイートはまわりが見たら悲しいし、楽しいツイートはその『楽しい』の外にいる人を置いてけぼりにしている気がして何だか少しだけ嫌だ。
 
 そもそも自分は色んなことをサボタージュしまくっている。あんまり遊んでいるようなツイートをしてると「おい!お前○○は?」と思われそうで(いや思ってる人は思ってるんだろうが)ちょっと心苦しい。自分がサムネを作るだけで投稿出来るラジオやろうぜみたいな企画とか、絵描くからリクエストをさ~って聞いておいて放ってあるやつとか、金払うからそのうち会おうって言ってうやむやにしてやり過ごそうとしてるやつとか……

 Twitterではそんな自重じじゅうに耐えきれないので、こうしてワンクッション置いたnoteに色々書くことで落ち着いている。別にそんなに意味は無いが、気持ちの問題。

 自分のTwitterなんて元々大した規模のフォロワーもいなければ、知り合いだとしても面倒なのでフォローされない限りは大抵こちらからもフォローしない(たまにするときもある)。しかも何かの趣味について話すこともないので全然そういう広がりもない。かろうじて『いいね』の欄が八割方キルミーベイベーのイラストというくらい。業者も買取不可!
 そんなTwitterを毎日している。正確には三日分くらいまとめて予約投稿してる時もあるので週五くらい。死ななければしばらくまだ続くだろう。


 少し前に誕生日を祝ったり祝われたりした。人の家に行き、段ボールで色々やったり、

もうこれしかないけど、7を3つ揃えたり。

 逆に住んでるとこの掃除をしてもらったりした。セブンイレブンで全く保存の効かないタイプの菓子(ケーキ等)を大量に貰ったのち、近くの日高屋でタンメンを奢ってもらった。
 掃除の結果、まったく見えない床がおおよそ見えるようになった。いいことだ。

 別に大したこと話したわけでもない。けどまあ、いい時間だった。
 死ぬ前の走馬灯には出てこないだろうが、その前には時々思い出してもいい。


 幾分かネットでは『子供の頃に欲望を抑圧された人間は、大人になって反動が来たかのように爆発する』といった幻想が信じられている。
 自分がその論に全く反発するかのような人生を送っているので、これはただ特定の人にとって都合のいい真実というだけに見えてしまう時がある、という風に今日なんとなく思った。
 
 両親や祖父母から勉強は必ず二時間、ゲームは一日に一時間、夜九時を過ぎてから電子機器の類を禁止、十時には就寝を義務付けられていたところを、誰に言われるでもなく全て自分の我儘と共に破壊してきた。
 勉強はそれっぽい作り上げた論で一日の制限時間等無しに、ゲームは上限も下限も無制限、就寝の時間はもはや無かったことにしたのち、特段真面目になるでなく適当な生活を送っている。

 人間、もちろんのことではあるが自分の都合の良いことが好きだ。
 さらに言えばそれが真実だともっともらしく語られることは、根源的な快楽の上位に位置するだろう。

 くだらないことを斜めに見て何が楽しいんだ、と思われるかもしれないが、これは生まれ持った宿痾であり、自分の人生からは決して切り離せない思考の一部だ。
 自分の好きなものを見るとき、まず嫌いな理由から考える。そうした考慮の渦のうち、最後に何も無いのを分かっていながら、途中のそれらしい新鮮さだけを求めて大口を開ける。
 こうして暗く、黴びながら、うろのごとき思想を持って、持って……

 どうなる?俺は……


 め~~~っちゃ貧乏生活だ!!!写真は今日の昼ごはん。食パン二枚と水!!!『刑』か?

 好きなものは食えないけど、貧困自体はかなり楽しんでます。
 自分はRPGが好きだとチョロっと話すことがありますが、今その感じです。装備品や消耗品を買うのに手持ちをアレコレしてて。リソースの管理ということが性に合ってるんですね。いいことなんだか悪いことなんだか。

 そういうわけでしばらく働いたり働かなかったりを繰り返して、おんなじ無職の知り合いと「十年後もお互い変わらずこう話してたらヤバいな」と笑ったりしつつ、地の底から口だけだして呼吸してる。両親にこんな生活してると知られたら絶縁されちまうよ!!!!(両親からはこういう生活を送るヤツだと知っているので絶縁されている)

 実際まともにやろうと思えばどうにでもなりますけどもね。実際真面目にやれと言われたら出来る。自分みたいな立場のヤツってみ~んなそういうこと思ってるけど、自分はホントだよ?
 貧乏生活、実際楽しいんだよ。生活に関わる限界のとこで、七万円しかない口座から六万下す時の感覚は結構良いですよ。薬物みたいな派手な興奮でもないけど、後腐れもないですし。焦燥感や不安であるはずの感覚が、普段は見えない部分からゆーっくり理性に追いついてくるんですね。
 人生一度きりと、誰もかれもこの言葉を都合良く使ってますがね、今んところこの人生は悪くないです。今んとこね。


 なんとなく自分のことをオタクだと認識しているが、言うほど熱心に何かを追いかけているわけでもなし。つまるところ只人であるよなと薄ぼんやり思っている。
 オタクというのが蔑称であった時代は過ぎ、誇りであるということを諧謔的に語られてきた時代は過ぎた。現在では他人とのコミュニケーションの際、自らのパーソナリティと友好を示すためのタグとしてユビキタスで棘のない言葉になっている。

 今の時代、大雨のごとく娯楽がそこかしこで降るようになった。もはや生きているだけでなんらかのコンテンツに出会うのは必然だろう。
 一方その自分はだいたい軒下に居て、時々這い出ては少しコップに貰って飲むばかりである。これをしてオタクであると、古色な考えではあると分かっているものの、やはり自称までは……と聊か躊躇っているということだ。

 別にそんなこと、自分以外の誰も気にはしないのだが。


 賃貸なので家賃を払わなければならないのですが、住んでいるところの決まりとして直接大家さんに払いに行かねばならないという決まりがあります。
 もう一年半以上が経過し、家賃を払う以外でも何回も顔を合わせているため慣れたものでして、お互い大体このくらいの曜日に家に居て、このくらいに払いに来るかなということが分かっています。
 そうして顔を合わせるたび、もう来年には傘寿だという大家さんが目に見えて老いてのが分かってしまい、少し家賃を払うのが億劫です。
 自分が戸を叩くたび、さも死を運んでいるような気がしてなりません。あと何回会ったらあの人は喋れなくなるんだろうか。
 言ってしまえばそこに悲しさみたいなものはあまり無く、むしろ「野菜とか貰えなくなるんかな」というような利己的なことばかり思い浮かんでいます。強いて言うなら、自分は死にたくないので死を目の当たりにするのが嫌ってだけです。
 そういう趣味でも無きゃ、あなただって嘔吐や排泄の場面を目の当たりにするのは嫌ですよね。ちょっと違いますが、おおよそはそういう理由です。
 ただ人間そう一面的なものでなく、一人の人間の枯凋に対して薄ら、恐怖や悲しみもあるというのは事実でしょう。矛盾の生き物なので、悲しまないのに悲しむというのが出来るらしいのが人間のいいところですね。


主人公は『no rk』と被ってる女の子

 最近やってるゲーム。クロノアーク。
 ローグライクなデッキ構築で……つまりはオタクがとっつきやすいようなビジュアルのついたSlay the Spireみたいな。
 現在アーリーアクセスであり、まだ未完成の部分もあるが、おおよそのゲーム性とゲーム内シナリオは出来上がっており、今でもだいぶ楽しめる。

色んなメンバーでパーティー組んでスキルの組み合わせ考えたり
コストがあって、攻撃したり回復したり、時々アイテム使ったり
ストーリーだの会話だのがあったり
 

 ストーリーに関してはネタバレがアレすぎて正直何も話せないものの、全体的には暗めの雰囲気で進む。言っちゃえば人死にとかもある。
 構成としてはかなり好みでもあり、考えられてできたものでもあるため全体的に高評価。

主人公のルシー
普通にひどい目に合う

 問題があるとすれば韓国産のゲームということもあり、元の言語が日本語でないため翻訳が明らかに不自然な部分がある。というかやってきた限り全編通して怪しい。
 誤字脱字はまあ、あるものとしても……なんかホントに微妙なのだ。

 ここさえちゃんとしてくれれば現段階でも人に勧められるのにな~~~と思いながら、脳内補完で楽しんでいる。本当に、翻訳さえちゃんとすれば……

 あとアーリーアクセスなので時々更新が入るが、まあ数字とかいいだろ……みたいなパッチノートが時折公開される。

1.9。ときたらもちろん次は……
1.9bに決まっている
cも来るし
最終的に1.9999になった上でAからTまで行った。

 ローグライクが好きなオタクは一度遊んでみてもはいかがだろうか。
 ちなみにこの部分を書いている時(10/31/02:00)にちょうどセールが終わった。なんだァ?てめェ……


 以上一か月分の日記でした。書いてないこともあるけどね!散歩しすぎて交通機関で帰れなくなって夜闇を五時間歩いた話(それだけなので広がりが無かった)とか。
 あとやや暗めだったかも。でもまあ、だってこういう話の方が好きだから自分……
 暗い話をするとき暗い気分なのでなく、わりとノリノリで書いてるってことだけは知っておいてね。自分は(主には暗い話の)小説を趣味で書いてますってヤツが自分の暗い話を楽しんで書いてないわけがない。

 でもやっぱ近所で買えるごつ盛り全種買って食い比べた話とか書くべきだったかな。でも写真とか撮ってないしな……
 ちなみに個人的には味噌かちゃんぽんが一番でした。

 というわけで。

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