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§8.1 米英の婦選運動/ 尾崎行雄『民主政治読本』

米英の婦選運動

 適当の間をおいて,40組以上の音楽隊を配置したえんえん長蛇のごとき婦人の大示威行進がニューヨーク目抜の大通りを粛々とねって行く.婦選に賛成する婦人の署名を,大きな厚紙にはりつけたプラカードを2人の婦人が持ち,くぎりくぎりに数字のプラカードをもった4人の婦人が横に並んで,先頭からここまでで署名した婦人の数が何万何千何百何人あることを表示する.一くぎりが終ると音楽隊,それにつづいてまた署名プラカードの行列,合計数の表示,音楽隊,署名プラカードの行列,合計数の表示………いつはつべしとも知れぬこの大行列の最後に賛成署名婦人総計130万と表示せられた時には,ものに動ぜぬニューヨーク子もさすがにアット驚いたそうだ.
 1917年アメリカ婦人の参政権要求運動の1風景である.1913年,婦選を要求するイギリスの婦人たちの大群は,めいめい胸にマアクをつけ,旗ふき流しを押し立てて各地方に勢ぞろいしてから,7月26日のハイドパークの大集会に参加するため,8本の大きな本街道から,ロンドンへ,ロンドンへの大行進を起した.遠方から参加した行列は,ロンドンに着くまでに数週間を要した.彼女等は途中の町や村で演説会をひらき,宣伝ビラをまき,基金を募集しながら,真夏の炎天の下を粛々とロンドンめざして進行した.
 パンカースト一派の過激派は,こういう巡礼のようにおとなしい運動を手ぬるしとなし,女だてらに暴力に訴えて,頑迷な男子の反省を促そうと決心した.奴れいとなって生きんより,人間となるための戦いに死なんと覚悟した.郵便函をこわしたり,官邸の窓ガラスに石を投げ付けるくらいはまだやさしい方で,しまいには教会や民家に放火する.つかまえて牢に入れると,ハンガーストライキをやって当局を手こずらせる.この暴力派が傍聴席から,手当り次第に議場に物を投げつけるので,議員の身体の安全を期するため,イギリスの議会は婦人傍聴席の前に金網を張ったくらいだから,その乱暴ぶりが想像せられる.手段の是非はともかくとして,彼女等は本当に死に者狂いで婦選獲得のために闘ったのである.
 国により多少の違いはあっても,欧米の婦人は大抵,5~60年にわたり,こうした血のにじむような苦労をし,運動をつづけて,ようやく,婦人参政の目的を達することができたのである.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年3月13日公開

誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。

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